コルナスな女

例えば、もし、私が20代半ばで、五年間交際中の彼氏のいる女性だったとしましょうよ。
なんとなく、そろそろプロポーズされそうな予感がしてきている頃です。

しかも、その日は私の誕生日で、夜は超一流のフレンチ・レストランを予約してあると聞かされています。

「あ、今日だな。いよいよなんだな。」

そう思っても何の不思議もありません。

もちろん、私の今夜の服装は完璧です。
たとえ、ミシュランの三ツ星にエスコートされても堂々していられるくらいにドレスアップして、
身に付けるアクセサリはすべてこの五年間に、彼からプレゼントされたものばかり。

もう後は、今夜、彼が食事の後に渡してくれるプレゼントとともにかけてくれる
一言だけですべてが決まると思うじゃありませんか。

レストランについた彼と私は、食前酒にグラスシャンパーニュを頂いています。

ホントはここで、ちょっとレストランなれした感じで
「ジャック・セロス」あたりをボトルで頂ければ最高なのですが、
そのあとに赤ワインを飲まなくちゃならないと思っているのでここは、
グラスシャンパーニュで我慢我慢。

でも、こんな特別な夜なんだから、
本当はシャンパーニュもボトルで開けて欲しいと思いつつも我慢我慢。

ジャック・セロスみたいなシャンパーニュなら、
魚料理までそれで通して、もし残ったらメインとチーズを赤ワインで楽しんだ後に、
デザートと一緒にもう一回、その残りのシャンパーニュを楽しむっていうのも
すんごくカッコいいと思うんだけど、我慢我慢。

だって、きっと、今日の赤ワインは私のバースデー・ヴィンテージ。

しかも、この特別な夜だから、きっと、メドックの格付ワインに違いないもの。
それがシチュエーションにあわせたワインと舞台のマリアージュのはずですもの。

グラスシャンパーニュがなくなって、魚料理を食べ始める前に彼はグラスの白ワインを二杯注文。

そして、こう言ったの。

「ワインリストをもう一度見せてください。」

来た来た来た~。来たわ。がんばってくれるのね。ありがとう。

バースデー・ヴィンテージだから二十五年前の……ラトゥールとまでは言わないわ。
ロマンティックなのはやっぱりマルゴー? いやちょっと高いものね…。
そうそう、ラフィットもいいわね。
でも、ムートンはちょっとこういう特別な夜にはミーハーで私好みじゃないわ。
あ、オー・ブリオンは白ならともかく、赤は絶倫オヤジ御用達アイテムみたいなイメージなので、パスね、パス。

でもな~……。1級はさすがに高いだろうしな…。
無理はいえないから、もうちょっと安くてもゆるしてあげる。

きっとプレゼントも大きな出費だったろうし。
デュクリュ・ボーカイユとか、ローザン・セグラはねらい目よ。
モンローズなんかもなかなかいいわ。

私の頭を駆け巡るワインへの期待と、彼への期待。
そして、食事の後に待っている、この特別な夜のフィナーレと新しい人生のスタート。

「お客様、ワインはお決まりでしょうか。」

いいわよ、いいわよ~。さっすがソムソム。絶妙のタイミングね!

「うん。えっとじゃあ………(もごもご)」

なになに? 渋いところでピション・バロン? それよりもっと奮発してくれるの?

「承知いたしました。2008年のコルナスでございますね。」

コルナス。

にっっっすぅえええんっはっちぃ年。

どーゆーこっちゃねん。

お前今日なにがしたいねん。

今日は何の日やってん。

特別な夜とちゃうんかい。

なにかい? あんたにプロポーズされた思い出を私は一生コルナスと一緒に抱きしめていくんかい。

はぁ~っ。

あんたのおかげであたしは一生コルナスを見る度に、プロポーズされた瞬間を思い出す女になってしまうんや。
結婚して一年経って、きっと結婚記念日にワイン飲む時に話題に出るワインもコルナスや。
その時、もし、ラトゥール飲みながら話してても話題の中心はコルナスや。

いつか、子供が出来て子供が婚約者連れてきたときにあんたが、
その若い二人の前で栓を開けて私らの若い頃の思い出を語り始めたときにも、
若い二人の目の前にあるのはコルナスや。

そして私が死んだ時に棺桶に入れられるボトルもコルナスで、
一周忌に墓前に添えられるのも、墓石にかけられるのもコルナスや。

私は一生、コルナスな女として生きていくんや…。あんたのせいで……。

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2011 >>

2003年のネタなので、ワインのヴィンテージは書き換えました。

当時は、「きゅーじゅーなな年」だったのですが、それでは今だと
なんかそれなりにひねった感じで美味そうですからね。

まあ、
それはそれで一生に一度のプロポーズの夜にはどうか
とは思いますが……。

このネタは評判がよかったんですよね。
本店「時計屋」のネタではないのですがまあいいだろ。

 2016>>

いつしかレストランの食事において、メドックの格付けワインだけに権力が集中する構図は崩れてしまいました。

かつては一般人には迷宮だったブルゴーニュのワインの情報が誰にでも手に入るようになり、さらにはロワールやアルザス、ローヌに自然派シンデレラが現れ、マーケットが旧態依然としたヒエラルキーに反旗を翻し。

いまやホテルのメインダイニングやグランメゾンのリストにも、昨今脚光を浴びるヴァンナチュールが掲載されていたりします。

それはそれでもちろんいいと思いますが、20年後はどうでしょう?

やはり、トラディショナルやオーセンティックなものは残り、ここ数年のブームに当てはまるものは次のムーブメントの波にすりかわっているのではないでしょうか?

きっと20年後のソムソムも、ラトゥールに心ときめかす女子の前で精一杯の背伸びをしてる彼に、コルナスを進めてくれてると信じてます。

 

 

 

 

ジャン・リュック・コロンボまでいくと、彼女がワイン経験値高ければなんかフツウに喜ばれそうですね。