アルザス・グラン・クリュ

フランスで法定の特級格付けでありながら、その位置付けを、誰も気にしていない特級AOCアルザス・グラン・クリュではなかろうか。サンテミリオン・グラン・クリュもよく似た立ち位置のような気がするが、あっちはもう少しその動向を気にしている人がいそうだ。それについては、それぞれの産地の格付けの体系が影響しているのかもしれない。

サンテミリオンの場合、グラン・クリュの上に、グラン・クリュ・クラッセ、プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・B、プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・Aという、個別銘柄に適用された、さらに上位の格付けがあり、しかもその見直しが行われている。つまり作り手の立場からすれば、頑張れば評価が上がる可能性があり、ワインファンからすれば贔屓のシャトーがさらに上の格付けに昇格するかもしれないという楽しみがあるとはいえないだろうか。

だがアルザスの場合は、グラン・クリュの上に位置する、最高位のワインは畑の評価とは別の角度から切れ込んでくる。

グラン・クリュに使用できるブドウ品種は、俗に「高貴品種」などとも呼ばれる、リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカの四品種と決められているが、グラン・クリュであれば最高級のワインになるわけではないというのがアルザス・マジックだ。

価格、評価、市場価値すべてにおいて、アルザスの頂点に君臨するのは、セレクション・ド・グラン・ノーブルと呼ばれる貴腐ワイン。これはグラン・クリュ指定のない畑であっても、厳しく定められた規定以上の糖分を含んだ果汁から甘口ワインを仕立てあげれば、誕生してしまう。

事実、AOC“ただのアルザス”のセレクション・ド・グラン・ノーブルは存在する。

すなわち糖度を軸にした縦方向の格付けと、畑を軸にした横方向の格付け、そしてその両軸をつらぬく高貴指定の四品種というファクターが、モザイクのように絡み合い、妖しい光を放つのがアルザスのワインなのだ。

そもそも甘口ワインを優遇する制度は、かつて二度にわたる大戦の戦火の下、運命に翻弄された敵国であり同胞ともなった、ドイツワインに法の主旨を同じくする。

事実、北部の産地であるからこそ、ブドウを十分に熟させて初めて生まれる、甘口ワインを高く評価する価値観は、生産者の努力に報いる形としては、合理的といえば合理的。

先祖代々の土地の良し悪しといった、ドメーヌの跡取りに生まれたその日からついてまわる、挽回不可能の運命のようなファクターではなく、努力と工夫で果実を熟させれば、奇跡が起きるかもしれないからだ。

しかしそのワインの味わいの方向性と、現代のワインファンの嗜好とのバランスの悪さは、市場が辛口食中酒を求める傾向が強くなることで露呈してしまった。

最高級の甘口ワインを作っても、それは求められる高級ワインの味わいとは、また別の次元にある贅沢品となってしまったのだ。おそらくそこで生まれたのが、アルザス・グラン・クリュという発想だろう。

もちろん縦軸横軸の交差するアルザスワインだけに、グラン・クリュの甘口も存在するが、法律の改正時、それよりも重視されたのは、誰が見ても分かるワンランク上の辛口ワインの誕生であったはず。

ブドウ品種を個性の強い四つに限り、そして評価の高い畑、区画を思い切って特級指定。

さあ、これで合法的アルザスの高級食中酒の登場だ。誰しもがそう思ったことだろう。

だが。ちょっと思い切りすぎたかもしれない。

ブルゴーニュを見ろ、メドックの格付けを見ろ。畑、シャトー、特権階級であるその格付けの中に、ヒエラルキーが存在してこそ、大衆に訴えかけるのだ。特級は文句なし、そこに手が出なくとも一級。そこに生まれる、村名より上のワインを飲んでいる優越感。

五大シャトーは特別なワイン、しかし五級だけど二級を超える品質といわれるシャトーを選んだ、今日の俺シブイ。こういうギミックが人を惹きつけ、格付けの価値をもたらすのだ。

口コミで四点超えてるヤツは全部特級ね。みたいな感じでアルザス全体やられちゃっても、渋谷で居酒屋に行こうと思って、グルメ評価サイトで検索したら、同じ評価点の居酒屋が五十件ヒットして結局意味をなさなかった――そんな感じが漂っている。

 

 

AOC“ただのアルザス”のセレクション・ド・グラン・ノーブルですよね。

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とはいえ愛用してるんですけどね。本じゃなくてサイトね。