ブルグイユ~君はロワールに咲く血の薔薇を見る(見ないかもしれない)

1995年は日本のワイン界において、ひとつの新しい歴史が刻まれた年である。
第8回世界最優秀ソムリエコンクールにおいて、我が国の代表が、みごと優勝の栄冠に輝き、世界のソムリエの頂点に立ったのだ。
そして訪れたのは未曾有のワインブーム。

かねてから、赤玉とかドイツワインとか日本人の嗜好に合うだろうという観点から、世界のワインの中から、限定されたベクトルをピックアップしたワインブームはあった。

またそれとは別の切り口から仕掛けられた、毎月20日はワインの日とか。
「ワイン(Vin=ヴァン)」と「20(Vingt=ヴァン)」を掛けたこのダジャレは、フランス語に馴染みの薄い日本市場には、やや高尚すぎたようだが、まあそれはそれ。

ともかく赤ワイン中心に盛り上がった、二十世紀末のワインブームは、世界のワインの潮流に乗った初めてのブームだったといっていい。このブームにはもうひとつの追い風があった。フレンチ・パラドックスというやつだ。

今では世界保健機関の調査により、必ずしも明言できないとされているが、当時「フランス人に心臓病の発生率が少ないのは、赤ワインのポリフェノールが何らかの効果をもたらしているのではないか」というこの説は、大いに支持を受けたのだ。

別世界の高級酒だと思っていたワインの世界で、日本のプロフェッショナルが世界タイトルを獲得し、マナーが怖くて行けないと思っていた、ワインを飲めるレストランが一般誌にも特集されるようになり、そして赤ワインは体にいいという。

 

キタ━(゚∀゚)━!
これぞ追い風!

 

さらに当時、その価格帯の大半を占めていた、国産のうす甘い白ワインやロゼワインとは一線を画した、カベルネやメルロのデイリーワインというジャンルの赤ワインがどしどし輸入されるや、未曾有の赤ワインブームが日本市場を席巻したのだ。

先週まで寝る前に養命酒を飲んでいた近所のオバチャンまで、「お兄ちゃん、ワインあるか。赤いやっちゃ。心臓に効く奴ちょうだい」などといって、地元の酒屋に日参する始末。当然、酒屋も輸入業者もそこまでの赤ワイン需要など見込んでいない。

特にこの時期、にわかワインファンとなった大阪のオバハン、もとい、イナゴの大群に食い荒らされたのは、お求めやすい価格かつポリフェノールが濃いと信じられていた、温暖な気候の産地の赤ワインだった。

南仏→イタリア→チリカベなんとなく、こんな順番に市場で欠品が起きていき、そいつらの入船は三ヶ月後。
さあ、大変。

チリカベはなくとも酒屋には日々、イナゴどもが押し寄せてくる。
「なんや、お兄ちゃん、こないだの赤ワイン美味しかったのに、もう売り切れかいな」
「あれや、あれ、チリカベ。え? ないの?」
岩よりも重く、そしてかんしゃく玉よりも炸裂しやすい、オバハンのプレッシャーに耐える若き酒店主。彼の目は、もう南の産地などに向けられてはいなかった。今ここで「ない」といってしまえば、この客たちは逃げる!
「こっ、これも赤いですよ!」
蒼白の顔面より白くなるまで力を込めた、彼の手は、千円のシノンを握りしめていた。
チノン?」
「シノンです。これもカベルネですよ! しかも、おフランス様のワイン!!」
「へえ~。それで千円か。とりあえずコレ貰っとこ」
耐えた。若き店主は耐えたのだ。

一ヶ月後――。
「お兄ちゃん、シノンちょうだい」
アカーーーーーン! それももう食い尽くされたあとや――(アンタらに)。
「これどないです。シノンの畑のすぐ近くで獲れるワインです。これもカベルネです」


キタ━(゚∀゚)━!

ブルグイユ

キタ━(゚∀゚)━!


そもそもブルグイユとはどういう立ち位置なのか。その前にシノンとはどういう立ち位置なのか。
ブドウ。カベルネ・フラン主体。産地。ロワール。
ワインマニアにかかると、ボルドー、ブルゴーニュの後塵を拝し、一般の人には知名度がなくて、ご指名の機会なし。

そんな切ないポジションであることは、少なくとも日本市場では否めない。しかしこのふたつのアペラシオンには、今こそ、雌雄を決するという使命があるのだ。

このワインブームで、ついに巡りきた出番を逃すわけには行くまい。赤いという事実と、カベルネという冠を武器に立ち上がるのだ。(その条件、どっちも一緒で、まったく相手より優位に立っちゃいないけど)

ブルグイユはシノンにシノンはブルグイユに

我こそがロワールのカベルネの頂点である

と、思い知らせるチャンスは今この時だ!!


……

 

……

 


チリカベ再入荷しました

 

さらば、ブルグイユ。お前の出番は終わった。
名前の短かさでオバハンにも覚えやすかった分、一歩シノンにリードされた気はするが、所詮五十歩百歩。
闘いは終わった。

だが、終戦の影に、この戦いを傍観していた、ひとつの息遣いが潜んでいることを、その時ブルグイユは知らなかった。
聖人の名を冠した、ロワールの最終兵器。

その名も、サン・ニコラ・ド・ブルグイユ。

ブルグイユよ、もしお前がシノンと今一度、刃を交えるその時には、奴が起動する可能性は誰にも否定できない。


次回、葡萄戦士ブルグイユ

第三の男、起つ!」
君は
(史実に例えるのなら、関ヶ原の戦いの裏カード「慶長出羽合戦」みたいな闘いだけど、ドンマ~イ!)
ロワールに咲く、血の薔薇を見る。

 

ちなみにシノンは白も作ってるからな。油断するな、ブルグイユ。

 

 

 

ベネディクティンとか好きなら、養命酒はぜんぜんアリだと思います。しかも安いし。

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葡萄戦士。

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ロワール第三の男です。

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第三の男』です。「第二次世界大戦直後のウィーンを舞台にしたフィルム・ノワール」だそうです。

 

油断できません。