ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ~ご近所みんな佐々木さん(佐藤さんでも鈴木さんでもいいけど)

それにしてもマスカットというブドウは面白い。日本国内では生食用のブドウとして古くから人気が高く、しかもわりとお値段も高い高級品だし、マスカット100%のジュースなんていうのも、ただのグレープジュースより格上な扱いを受けている。一転、ヨーロッパのワイン産国に目を向けるとどうだ。

イタリアではモスカートの名で、味も価格も親しみやすいプチプチ微発泡の甘口ワインと、昔はみんなそれがシャンペンだと信じてたフレンドリーなスプマンテアスティを生み出している。一方で、マスカットがもっともカオスな事態を巻き起こしているのが、ほかならぬフランスだ。

ドイツ国境のアルザスでは、品種の持つ甘やかな香りをバリバリと活かしながら、なぜか基本辛口の白ワイン作っている。しかもそのブドウそのものの位置付けは、リーズナブルな大衆向けのワインを生み出すイタリアとは違い、アルザスの四大高貴品種に指定されるほどの上位格付け。なのにワイン自体はシルヴァネールより見かけないという謎のポジション。ピノ・グリと四大品種の四番目の座をかけて、絶賛合戦中という有様だ。

しかし、そもそも熟成させて複雑性を増すことより、あまりにもアロマティックな、このブドウ。正攻法で行くなら、そのアロマを活かして、イタリアのようなシンプルな甘口を作ることになるんじゃないかという気はする。マスカットブドウの辛口ワインというのは、世界でも特異な存在だ。

そこでフランス全土を見渡してみると、なんだか南のほうが賑やかだということに気付くことになるだろう。

ローヌから、ラングドック、ルーションにかけて、

ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ
ミュスカ・ド・フロンティニャン
ミュスカ・ド・リュネル
ミュスカ・ド・ミルヴァル
ミュスカ・ド・サン・ジャン・ド・ミネルヴォワ
ミュスカ・ド・リヴザルト
ミュスカ・デュ・カップ・コルス

と、ご近所の苗字が「みんな佐々木さん」な山間の集落みたいな様相が展開されている。

南のミュスカは、基本すべて甘口仕立てで、辛口の高級ワインというスローガンを掲げたアルザスのミュスカが、下克上目指して名乗りを上げたものの、足軽を脱出したところで伸び悩んでる田舎侍だとしたら、農民のまま槍を持ってとりあえず立ち上がった百姓一揆のような潔さを感じないでもない。

そもそも熟成とか、リースリングに歯向かうとかそういう方向性ではなく、潔くスカッとマスカットな感じが心地よく、ワインの味わいそのものもそういう感じだ。

ちなみにこの南のマスカットさんたち、基本的にはヴァン・ドゥー・ナチュレルだと思っておいて問題ないが、アペラシオンによってはヴァン・ド・リクールも認可されていたりして、なかなかややこしい。

だが、今回タイトルにミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズを選んだものの、結局みんなまとめて紹介しちゃったあたりでご理解いただけるように、そのあたりは、そんなに気にするほどのものでもない。

 

 

佐々木さん。