ルパン四世 EPISODE I「ムルソー事変~Introduction」
俺の名はルパン四世。
誰もがご存知、世界を股にかける大泥棒……あのルパン三世の息子だ。
だけど俺の名はおやじほどに知られちゃいない。
どうしてかって?
それは俺がまだかけ出しにすぎないからさ。
世間ってやつはわかりやすくて、おやじが偉大であればあるほど、俺の仕事には色眼鏡をかけやがる。
たとえば俺がルーヴル美術館に忍び込んだときだ。
俺の仕事は完璧だった。
相棒の次元も五ェ門も文句ない仕事ぶりだった。
だがやつらはこういった。
しかもSNSを使って、だ。
──ルパンの息子大したことない。エレガントさ不足──
──偉大な父親を持った息子の苦労は解る。けどそもそも今さらルーヴルっていわれてもしらける──
考えてもみな?
おやじと偉大な初代ルパンとの間には、誰も知らない二世の存在がある。
そういうことだ。
世間がおやじの功績を忘れるには、まだまだ時間がかかるってこった。
天ぷら屋の二代目だって、蕎麦屋の二代目だってそうだろう?
引退した先代の味の記憶が生々しすぎる間は評価されない。
先代が記憶になり、伝説になったとき、はじめてその腕が評価されるんだ。
──お前さん、いつの間にやら腕を上げたな──
そのとき俺はいうだろう。
俺自身は何も変わっちゃいない。
変わったのはお前さんたちのほうさ。
長い時間をかけてお前さんたちの中でおやじの残り香が消え、その腕前が記憶という伝説になったとき、ようやく俺の腕とまともに向き合うことが出来るってわけさ。
だから俺は俺に対するどんな評価も気になんてしやしない。
ただ自分のできることを次元、そして五ェ門とやるだけだ。
俺が欲しいのは名誉でもなければ名声でもない。
そう、お宝だ。
お宝さえあれば、充実した日を送ることが出来る。
え?
おやじと印象が違う?
当たり前だ。
俺はおやじ……ルパン三世じゃない。
俺はその息子、ルパン四世なんだ。
だがな……。
お前さんたちのいいたいことはわかってる。
俺にはおやじと比べて足りないものがある。
そういいたいんだろ?
まあ、そうあせるなよ。
おやじにあって、俺にないもの。
お前さんたちがなにをいいたいか。
それは俺にもよくわかってる。
だからちゃんと答えてやる。
ライバル?
それは違う。
おやじの宿敵だった銭形のとっつぁん。
やつぁ今でも元気だ。
すっかり足腰にガタはきてるが、今でも現役だ。
そして困ったことに、おやじがいなくなった今、やつの獲物はこの俺様だ。
いや、俺にも同情してくれよ。
たしかにお前さんたちが、銭形の名を聞いて、懐かしさを覚えるのはわかる。
だけどな、こちとらぁ次元のおやっさんも五ェ門の先代も引退していまや悠々自適、俺と仕事を共にしているのはふたりの息子だぜ。
もはや代替わりしてるんだ。
そう、五ェ門は十四代目ってわけだ。
そんなだっていうのに。
とっつぁんはあの日のままだ。
いや、もうとっつぁんというよりじっちゃんだ。
そんな相手とまともに鬼ごっこなんざぁ出来ると思うかぁ?
待てよ……。
それが俺に対する評価が厳しい理由なのかもしれねぇなぁ。
結局「今のルパンはかつて世間を魅了した三世と違い、年寄相手に楽な盗みをしている」そんなとこだろう。
俺の苦労も知りゃしないで。
年寄の相手っつうのはなあ、お前さんたちが思うよりはるかに大変なんだぜ。
まあ、いい。
愚痴をいうのが俺の目的じゃあねえ。
今俺が話そうとしているのは、そう、2018年のできごとだ。
世界にとっては、アメリカの新しい大統領がそれまでとは違う方針を打ち出したはじめたとか、オータニさんがメジャーリーグに衝撃をもたらしたとか、朝鮮半島のきな臭さがハンパねぇだとか、そんなことが記憶に残っているかもしれねえ。
だが俺にはまったく違う記憶が残っている。
それは何年ぶり、いや、何十年ぶりの猛烈な夏がようやく終わりを告げようとしていた頃のことだ。
俺はいつものようにTwitterの画面を眺めていた。
おやじの頃とは違って、その頃にはすでにTwitterをはじめとするSNSは、情報源として活用するしかないシロモノだった。
なにしろその情報のスピードは、新聞やテレビのニュースとは桁違いだったからな。
俺たちのように、追手を出し抜く必要がある身分であればあるほど、その画面から目を離すことなんてできやしなかった。
そして次元も五ェ門も別のヤマにとりかかっていた、そんなある日──。
いつものように彷徨っていたツイッタランドに俺はとんでもねぇものを見たんだ。
「不二子、お前いったい何をやらかしちまったんだ」
「え? どうしたのルパン」
「こいつを見てみろよ、不二子」
女は形のいい唇をとがらせた。
「ルパン、あなたねえ、そろそろあたしのこと認めたらどうなの」
「何がいいてえ」
俺の口から出たのは強がった科白だ。
まあ、しようがないと思ってくれ。
俺にはいまだに認められないんだ。
「<不二子>じゃなくて」
そう、この女がお前さんたちの感じる違和感の正体だ。
世間じゃあ、おやじのことを女たらしと呼んでいた。
だがその反面、峰不二子という女に対して、恐ろしいくらい執着する姿を純愛と呼んでもいた。
なあ、今あんたも違和感を感じてるんだろう?
俺の語りにはここまで女の姿が出てこなかった。
女たらしの息子らしくないだろ?
やっと出てきたのは不二子の名前だ。
俺は相棒のことを次元、五ェ門と呼んだ。
次元は苗字だ。息子が同じ名前でも何の問題もねえ。
そして五ェ門のやつぁ襲名制だ。
俺がルパン四世なのとおなじように、やつも十四代目石川五ェ門ってわけだ。
不二子──。
じゃあこの女は誰なんだ。
そういうこった。
誰なんだ。
お前さんたちの疑問以上に俺は認めたくねえ。
だけどな……。
「そぉろそろ」と不二子は体をくねらせて近づいてくる。
「母さん、って呼んだらどおなのぉ、ルパぁン」
はぁ~。
まあ、そういうわけだ。
それにしてもこの女の姿をよく見てみろよ。
おやじが恋焦がれた頃とどこが違うんだ?
唇はつやつやと輝いててるし、今でもウエストがキュッ、そして胸はボイ~~~ン。
そんな女を母さんなんて呼べるか?
ってことさ。
そう、世間のだれが見ても不二子は今でも女だってことだ。
そして自由が丘で優雅な暮らしをしている。
そんな不二子の何気ない「つぶやき」が、俺にとって忘れられない事件を巻き起こしたんだ。
それは2018年。
平成最後の夏のことだった──。
(続く)