ポムロル~シンデレラの目覚めを許さない平和理論

ボルドー赤の銘醸地を分類整理するとしたら、まず最初のひと太刀は河の左岸、右岸という区切りで、誰しも文句はいうまい。左岸は当然メドック、グラーヴで、不変の厳然たる格付けに支配された、身分社会だ。

対する右岸を代表するのは、サンテミリオンとポムロルということになるだろう。そのうちサンテミリオンは、こちらも格付け社会。ただし、その格付けは定期的に見なおされており、その都度、新進勢力が台頭してくるなど、参院選のような様相を呈している。

さて、問題はポムロルだ。ボルドーの四大赤ワイン銘醸地の中で、格付けのないここは、まさに無法地帯。古くからフランス国内にとどまらず、世界中のワインを見てもトップクラスの高値で取引をされてきた、ペトリュスの存在は別格として、それ以外はフリーダム。歴史のある安定勢力はあるにはあるが、ル・パンのように、ペトリュスの地位に肉薄するかのような勢いを持つシンデレラが、突如現れる油断ならない地区なのだ。

しかし面白いことに、シンデレラブームのようなものがひと段落した今、あらためて見てみると、ル・パンを除けば、このアペラシオンの最上位に名を連ねているのは、意外にも歴史のあるシャトーがほとんどであることに気付く。

かつてサンテミリオンは、ヴァランドロー、テルトル・ロトブフといった、一夜明けたらのオーバーナイト・サクセスの実在を世界に知らしめた、シンデレラシャトーの一団を生み出した。そして彼らは今も、昇り詰めたその地位をある程度はキープし、旧勢力と肩を並べたまま、安定勢力の仲間入りを果たしている。

また左岸もマルゴーあたりでは、小規模なワイナリーが作るワインが、下位格付けのシャトーを超える高値を付けて、ガレージシャトーなどという言葉を広めた時期があった。

比べてポムロルは、こんなに自由に何かが起こせる条件を備えながら、地区全体を飲み込みかねない大きな変革の波というものが立ったことがない、不思議なアペラシオンなのではないだろうか。なぜだ。

押し寄せろ、ビッグウエンズデー!
叫べ、若き闘士の魂よ!


あれ?


へんじがない。ただのしかばねのようだ。


結局、体制のないところには反体制は生まれず、政府なきところに革命は起きないのだ、という、ある種の平和理論を想起せずにはいられない。

 

 

 

メドック

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グラーヴ。

 

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ポムロル。

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へんじがない。ただのしかばねのようだ。

カバルデス~身分を超え民兵団の先陣を切る若き旗手

「コンニチハ! 1999年にAOCに昇格したカバルデスです! よろしくお願いいたします!」

これをやりたかっだけなので、ここで終わってもいいのだが、それやるとダジャレの方向に突撃しそうなイヤな予感がするので、話、続けます。

単なる南仏の安ワインといってしまえばそれまでなのだが、このアペラシオンの面白いところは、そのセパージュにある。

カベルネ・ソーヴィニヨン+メルロ+カベルネ・フラン …… 40%以上
グルナッシュ+シラー …… 40%以上
マルベックなど …… 残り

なんじゃこりゃ。

この手のブドウの組合せで素晴らしいワインを生み出していた、プロヴァンスの銘酒は、「土地の個性を守れ」の大号令のもと、コトー・デクサン・プロヴァンスAOC認可を失ったというのに、この豪快なセパージュ。

なんかまかり間違ったら、ボルドーとローヌのいいところをすべて備えた、ものすごいモンスターワインが生まれそうな気がするが、実際のところそんな話は聞かない。

まあ、まだ発展途上のアペラシオンでもあるだろうし、そもそもAOCの下のクラスとなるVDQSのワインを作っていた生産者たちが、いきなりそんな革命ベクトルに動くには、設備も資金も足りないのだろうと推察する。

ただ、この地にもし、ボルドーの大手シャトー資本やローヌのビッグネゴシアンが、本気で爆弾を投下でもしたら、なにか起きるような気はしてならない。事実、元シャトー・なんとかの醸造長がちょっと顔出してみたり、いろいろあることにはあるようだ。

集え! 革命の志士! 集合の地は、カバルデスです!!

それにしてもこういうセパージュがそのまま認可されてしまうのは、もともとAOCより規定の緩かった、VDQSワインからの昇格ならではの椿事じゃなかろうか。そう考えると、古くから評価の高かった産地が、損しているような気がしないでもない。

ただ、「ワインとしての格が上」イコール「市場価格も高い、海外需要も多い」という事実はあっただろうし、それを歴史の上で積み重ねてきたら、AOCワインの産地は、この手の産地よりはるか昔から、評価や収入など多岐に渡り、格付けの恩恵を受けてきたことになるわけで、どちらがよかったのかという結論が出るのは、未来世紀まで持ち越しておきたい。

時代は今まさに倒幕の空気が漂いだし、四民平等の世が訪れる予感に包まれ始めたというところなのだろう。そして反乱軍と呼ばれる一味に身を置く彼は、思わぬ武器を手にしていたことに、ようやく気付いたのだ。

「俺の手にあるこのセパージュとやらは、徳川の世を終わらせる最終兵器かもしれぬ!」

バルデスは、VDQSという身分層を脱した民兵団の先陣を切る、若き旗手なのかもしれない。なんかカッコいいな、カバルデス

 

 

ボルドーの大手シャトー資本様。

 

ローヌのビッグネゴシアン様。

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バルデス、デス!

 

戦国世を終わらせ太平の時代を築いた、徳川の世もいつか終わりを迎えるのです。

セロン~そしてセロンは世論の下、伝説となる

ルーピヤック、カディヤック、サント・クロワ・デュ・モン、モンバジャック、パシュラン・デュ・ヴィク・ビル、ジュランソン。

ボルドーから南西地方にかけては、かの銘醸甘口ワイン、ソーテルヌとバルザックのスタイルを縮小コピーしたかのような、甘口ワインの産地が点在している。

ソーテルヌと河を挟んだ対岸に位置する、ルーピヤック、カディヤック、サント・クロワ・デュ・モンは、ブドウ品種も含めて、まさにソーテルヌ風の甘口ワインを少し軽くしたような仕上がりを見せているし、南西地方の中でもボルドーにほど近いモンバジャックもその芸風。

パシュラン・デュ・ヴィク・ビル、ジュランソンはその地のブドウを活かし、マーマレードや蜂蜜のニュアンスのある、甘口ワインでその個性を主張することに成功しているのだ。

そんな中、市場でもっとも見ないこの方向性のアペラシオンがセロンではなかろうか。ソーテルヌと対岸どころか、同じ岸に位置しているし、バルサックとはお隣。立地的には、他の同傾向のアペラシオンを一歩リードしているようにも思えるのだが、とにかく見ない。

若かりし日、フランス中のアペラシオンをすべて飲んでやると燃えていたことがあり、イランシーもコトー・シャンプノワもイルレギーも気合で見つけたけど、セロンは断念した記憶がある。

初めてこのアペラシオンのワインを見つけたのは、ロンドンのハロッズのワイン売り場だった。飛びつくようにレジに持って行って、手に入れたその作り手の名はたしか、シャトー・ド・セロン。そのまんま。それ以来、このアペラシオンのワインを生で見たことはない。

なぜセロンのワインはこんなに見ないのか。なにか、飲むと大変なことが起きるような呪いがかけられているとか、ものすごいコレクターがいて世界中のセロンはそこに集約されているとか、そもそもセロンを作ることは世論が許さないとか、そんなタブーを伴うようなエピソードでもあるのだろうか。

と、ちょっとドラマティックに盛り上がってみたが、なんのことはない。辛口のワインを作れば、この地はグラーヴを名乗れるのだ。
ボルドーの辛口白ワインというと、需要の面でどうなのよ? という気がしないでもないが、それでも甘口ワインよりは需要があるということなのだろう。

とりあえず辛口の白の方が売れる!

仕方ない。ワインファンの辛口への嗜好の変化は、ドイツワインを見ても一目瞭然。

そもそも甘口ワインの出番は、食事とともにほかの泡なのか白なのか赤なのかを楽しんだ、そのあとにやってくるということを思えば、甘口を優先して作るメリットは少ないのだろう。

しかも地位的評価はソーテルヌに後塵を拝し、その次を狙えば、ライバルは多数だ。ちょっと寂しい気もするが、辛口を作ってグラーヴの名で売るという選択肢がある以上、セロンのワインはいつか、「辛口のほうが売れるよ」という世論の下、市場から姿を消し、伝説となるのかもしれない。

 

 

お、あるもんですね。ルーピヤック。

 

カディヤックなんてのもあるんですねえ。

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名前が長いけどサントってつくとなんかカッコいい。

 

パーカーさん100点騒動であちこちが騒ぎまくってまつりあげちゃったやつですね。

 

名前が長いと覚えてくれないという日本のワイン市場の伝統に反して、質が良く安い甘口ワインだからでしょうか。パシュラン・デ・ヴィク・ビルはワインブームだなんだの頃から、ずっと日本で買えますね。特にこのシャトー・ダイデイは早くから500ミリリットルの甘口ワインらしいサイズも出ていたし、実際初めて自分が手にしたときは1996年くらいのヴィンテージでしたからねぇ。感慨深いです。近所の小学生がいつの間にか、適齢期のちょっとドキッとするような女の子になってた、みたいな感じがなくもないです。

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南西地方の甘口といえば、これが別格だったはずなんですけど、例のキュヴェ・マダムがパーカー100点だなんだ騒動とか、ロワールのアヴンギャルド・ロック・スター、ディディエさんの進出で、なんだかすっかり忘れられた存在になってしまいましたね。

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これにゃびっくりしましたよね。もう息子さんの代になってからのヴィンテージですが。

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こちらはまだディディエさん時代。イケイケドンドンだった頃の遺産です。

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結局「ACセロン」は見つかりませんでした。やっぱね。まさにセロンという悪夢です。

ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ~ご近所みんな佐々木さん(佐藤さんでも鈴木さんでもいいけど)

それにしてもマスカットというブドウは面白い。日本国内では生食用のブドウとして古くから人気が高く、しかもわりとお値段も高い高級品だし、マスカット100%のジュースなんていうのも、ただのグレープジュースより格上な扱いを受けている。一転、ヨーロッパのワイン産国に目を向けるとどうだ。

イタリアではモスカートの名で、味も価格も親しみやすいプチプチ微発泡の甘口ワインと、昔はみんなそれがシャンペンだと信じてたフレンドリーなスプマンテアスティを生み出している。一方で、マスカットがもっともカオスな事態を巻き起こしているのが、ほかならぬフランスだ。

ドイツ国境のアルザスでは、品種の持つ甘やかな香りをバリバリと活かしながら、なぜか基本辛口の白ワイン作っている。しかもそのブドウそのものの位置付けは、リーズナブルな大衆向けのワインを生み出すイタリアとは違い、アルザスの四大高貴品種に指定されるほどの上位格付け。なのにワイン自体はシルヴァネールより見かけないという謎のポジション。ピノ・グリと四大品種の四番目の座をかけて、絶賛合戦中という有様だ。

しかし、そもそも熟成させて複雑性を増すことより、あまりにもアロマティックな、このブドウ。正攻法で行くなら、そのアロマを活かして、イタリアのようなシンプルな甘口を作ることになるんじゃないかという気はする。マスカットブドウの辛口ワインというのは、世界でも特異な存在だ。

そこでフランス全土を見渡してみると、なんだか南のほうが賑やかだということに気付くことになるだろう。

ローヌから、ラングドック、ルーションにかけて、

ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ
ミュスカ・ド・フロンティニャン
ミュスカ・ド・リュネル
ミュスカ・ド・ミルヴァル
ミュスカ・ド・サン・ジャン・ド・ミネルヴォワ
ミュスカ・ド・リヴザルト
ミュスカ・デュ・カップ・コルス

と、ご近所の苗字が「みんな佐々木さん」な山間の集落みたいな様相が展開されている。

南のミュスカは、基本すべて甘口仕立てで、辛口の高級ワインというスローガンを掲げたアルザスのミュスカが、下克上目指して名乗りを上げたものの、足軽を脱出したところで伸び悩んでる田舎侍だとしたら、農民のまま槍を持ってとりあえず立ち上がった百姓一揆のような潔さを感じないでもない。

そもそも熟成とか、リースリングに歯向かうとかそういう方向性ではなく、潔くスカッとマスカットな感じが心地よく、ワインの味わいそのものもそういう感じだ。

ちなみにこの南のマスカットさんたち、基本的にはヴァン・ドゥー・ナチュレルだと思っておいて問題ないが、アペラシオンによってはヴァン・ド・リクールも認可されていたりして、なかなかややこしい。

だが、今回タイトルにミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズを選んだものの、結局みんなまとめて紹介しちゃったあたりでご理解いただけるように、そのあたりは、そんなに気にするほどのものでもない。

 

 

佐々木さん。

ニュイ・サン・ジョルジュ~押し寄せる暴徒の波に屈した悲劇の彗星

赤ワインの銘醸地として名だたるコート・ド・ニュイに位置しながら、なんとなく一歩置かれた感じのあるアペラシオン、ニュイ・サン・ジョルジュ。彼の地の最南端であるという立地条件のせいなのか、それとも他の村にはあるグラン・クリュがないという土地の格付けのせいなのかはわからないが、とにかくなんとなく、ニュイの赤ワインの中では一歩、取り残された感じが否めないアペラシオンだ。

生まれるワインは一般的に、力強さがあって、熟成に耐えるという評価を得ているし、人気の作り手も多数この村に畑を構えている。それなのに、イマイチ盛り上がらないアペラシオンなのは、なぜだ。

この村のワインの力強いという個性は、重くて野暮ったいと紙一重。人気の作り手が作っていてもそのラインナップの中では下位銘柄みたいな扱いを受けてしまっいる感じが、拭い去れない。

しかし、そんなニュイ・サン・ジョルジュにも脚光を浴びた時代はあった。二十世紀末の突如起こったワインブームの頃は、比較的手頃値段で飲み応えのあるコート・ド・ニュイの赤として、それなりに人気を博したのだ。

はて、今にして思えば、あの時のブームを牽引した赤ワインは、重くて渋くてフルボディ。そしてお手軽プライス。その目の前にある千円のチリカベが、本当に重いのか、渋いのか、フルボディなのかを差し置いても、安くてカベルネ上等! な時代だった。

そう考えれば、ニュイ・サン・ジョルジュがブルゴーニュの中で、もてはやされたのも理解できる。比較的重厚で比較的リーズナブル。そんな特徴を備えたピノ・ノワールはこの村にこそ、存在していたのだ。ではその後の市場人気の衰退は、なぜ起きてしまったのか。

それは、一言で言うなら低温長期浸漬みたいな方法で、色濃いブルゴーニュワインを特定の評論家対策として推奨して、彗星のように現れて、又三郎もびっくりの速度で消え去った迷匠「ギィ・アッカの呪い」ということにしておこうか。

あまりにもテロワールを無視して、特定の評論家の点数稼ぎに走った濃厚なピノ・ノワールの登場に、古くからのブルゴーニュ愛好家の一揆が起きてしまったのだ。


あそっれ、

一揆


一揆


一揆


一揆


そしてアペラシオンのせいでもなんでもなかったのに、某氏の呪いにかかったドメーヌが存在していという事実や、そもそもテロワールの関係で力強いワインを生みやすかったという特性が、ニュイ・サン・ジョルジュ=ちょっと俺たち真のブル好きにはどうかなみたいな押し寄せる暴徒の波に飲まれてしまったような気がしてならない。

まあ、マルサネもフイクサンもいるじゃないか「ドンマーーーイ!」

 

 

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一気!

 

一騎!

 

一樹!

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ラルロは醸造責任者が続けて交代していて目が離せませんね。

ブルグイユ~君はロワールに咲く血の薔薇を見る(見ないかもしれない)

1995年は日本のワイン界において、ひとつの新しい歴史が刻まれた年である。
第8回世界最優秀ソムリエコンクールにおいて、我が国の代表が、みごと優勝の栄冠に輝き、世界のソムリエの頂点に立ったのだ。
そして訪れたのは未曾有のワインブーム。

かねてから、赤玉とかドイツワインとか日本人の嗜好に合うだろうという観点から、世界のワインの中から、限定されたベクトルをピックアップしたワインブームはあった。

またそれとは別の切り口から仕掛けられた、毎月20日はワインの日とか。
「ワイン(Vin=ヴァン)」と「20(Vingt=ヴァン)」を掛けたこのダジャレは、フランス語に馴染みの薄い日本市場には、やや高尚すぎたようだが、まあそれはそれ。

ともかく赤ワイン中心に盛り上がった、二十世紀末のワインブームは、世界のワインの潮流に乗った初めてのブームだったといっていい。このブームにはもうひとつの追い風があった。フレンチ・パラドックスというやつだ。

今では世界保健機関の調査により、必ずしも明言できないとされているが、当時「フランス人に心臓病の発生率が少ないのは、赤ワインのポリフェノールが何らかの効果をもたらしているのではないか」というこの説は、大いに支持を受けたのだ。

別世界の高級酒だと思っていたワインの世界で、日本のプロフェッショナルが世界タイトルを獲得し、マナーが怖くて行けないと思っていた、ワインを飲めるレストランが一般誌にも特集されるようになり、そして赤ワインは体にいいという。

 

キタ━(゚∀゚)━!
これぞ追い風!

 

さらに当時、その価格帯の大半を占めていた、国産のうす甘い白ワインやロゼワインとは一線を画した、カベルネやメルロのデイリーワインというジャンルの赤ワインがどしどし輸入されるや、未曾有の赤ワインブームが日本市場を席巻したのだ。

先週まで寝る前に養命酒を飲んでいた近所のオバチャンまで、「お兄ちゃん、ワインあるか。赤いやっちゃ。心臓に効く奴ちょうだい」などといって、地元の酒屋に日参する始末。当然、酒屋も輸入業者もそこまでの赤ワイン需要など見込んでいない。

特にこの時期、にわかワインファンとなった大阪のオバハン、もとい、イナゴの大群に食い荒らされたのは、お求めやすい価格かつポリフェノールが濃いと信じられていた、温暖な気候の産地の赤ワインだった。

南仏→イタリア→チリカベなんとなく、こんな順番に市場で欠品が起きていき、そいつらの入船は三ヶ月後。
さあ、大変。

チリカベはなくとも酒屋には日々、イナゴどもが押し寄せてくる。
「なんや、お兄ちゃん、こないだの赤ワイン美味しかったのに、もう売り切れかいな」
「あれや、あれ、チリカベ。え? ないの?」
岩よりも重く、そしてかんしゃく玉よりも炸裂しやすい、オバハンのプレッシャーに耐える若き酒店主。彼の目は、もう南の産地などに向けられてはいなかった。今ここで「ない」といってしまえば、この客たちは逃げる!
「こっ、これも赤いですよ!」
蒼白の顔面より白くなるまで力を込めた、彼の手は、千円のシノンを握りしめていた。
チノン?」
「シノンです。これもカベルネですよ! しかも、おフランス様のワイン!!」
「へえ~。それで千円か。とりあえずコレ貰っとこ」
耐えた。若き店主は耐えたのだ。

一ヶ月後――。
「お兄ちゃん、シノンちょうだい」
アカーーーーーン! それももう食い尽くされたあとや――(アンタらに)。
「これどないです。シノンの畑のすぐ近くで獲れるワインです。これもカベルネです」


キタ━(゚∀゚)━!

ブルグイユ

キタ━(゚∀゚)━!


そもそもブルグイユとはどういう立ち位置なのか。その前にシノンとはどういう立ち位置なのか。
ブドウ。カベルネ・フラン主体。産地。ロワール。
ワインマニアにかかると、ボルドー、ブルゴーニュの後塵を拝し、一般の人には知名度がなくて、ご指名の機会なし。

そんな切ないポジションであることは、少なくとも日本市場では否めない。しかしこのふたつのアペラシオンには、今こそ、雌雄を決するという使命があるのだ。

このワインブームで、ついに巡りきた出番を逃すわけには行くまい。赤いという事実と、カベルネという冠を武器に立ち上がるのだ。(その条件、どっちも一緒で、まったく相手より優位に立っちゃいないけど)

ブルグイユはシノンにシノンはブルグイユに

我こそがロワールのカベルネの頂点である

と、思い知らせるチャンスは今この時だ!!


……

 

……

 


チリカベ再入荷しました

 

さらば、ブルグイユ。お前の出番は終わった。
名前の短かさでオバハンにも覚えやすかった分、一歩シノンにリードされた気はするが、所詮五十歩百歩。
闘いは終わった。

だが、終戦の影に、この戦いを傍観していた、ひとつの息遣いが潜んでいることを、その時ブルグイユは知らなかった。
聖人の名を冠した、ロワールの最終兵器。

その名も、サン・ニコラ・ド・ブルグイユ。

ブルグイユよ、もしお前がシノンと今一度、刃を交えるその時には、奴が起動する可能性は誰にも否定できない。


次回、葡萄戦士ブルグイユ

第三の男、起つ!」
君は
(史実に例えるのなら、関ヶ原の戦いの裏カード「慶長出羽合戦」みたいな闘いだけど、ドンマ~イ!)
ロワールに咲く、血の薔薇を見る。

 

ちなみにシノンは白も作ってるからな。油断するな、ブルグイユ。

 

 

 

ベネディクティンとか好きなら、養命酒はぜんぜんアリだと思います。しかも安いし。

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ロワール第三の男です。

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第三の男』です。「第二次世界大戦直後のウィーンを舞台にしたフィルム・ノワール」だそうです。

 

油断できません。

アルザス・グラン・クリュ

フランスで法定の特級格付けでありながら、その位置付けを、誰も気にしていない特級AOCアルザス・グラン・クリュではなかろうか。サンテミリオン・グラン・クリュもよく似た立ち位置のような気がするが、あっちはもう少しその動向を気にしている人がいそうだ。それについては、それぞれの産地の格付けの体系が影響しているのかもしれない。

サンテミリオンの場合、グラン・クリュの上に、グラン・クリュ・クラッセ、プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・B、プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・Aという、個別銘柄に適用された、さらに上位の格付けがあり、しかもその見直しが行われている。つまり作り手の立場からすれば、頑張れば評価が上がる可能性があり、ワインファンからすれば贔屓のシャトーがさらに上の格付けに昇格するかもしれないという楽しみがあるとはいえないだろうか。

だがアルザスの場合は、グラン・クリュの上に位置する、最高位のワインは畑の評価とは別の角度から切れ込んでくる。

グラン・クリュに使用できるブドウ品種は、俗に「高貴品種」などとも呼ばれる、リースリング、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ミュスカの四品種と決められているが、グラン・クリュであれば最高級のワインになるわけではないというのがアルザス・マジックだ。

価格、評価、市場価値すべてにおいて、アルザスの頂点に君臨するのは、セレクション・ド・グラン・ノーブルと呼ばれる貴腐ワイン。これはグラン・クリュ指定のない畑であっても、厳しく定められた規定以上の糖分を含んだ果汁から甘口ワインを仕立てあげれば、誕生してしまう。

事実、AOC“ただのアルザス”のセレクション・ド・グラン・ノーブルは存在する。

すなわち糖度を軸にした縦方向の格付けと、畑を軸にした横方向の格付け、そしてその両軸をつらぬく高貴指定の四品種というファクターが、モザイクのように絡み合い、妖しい光を放つのがアルザスのワインなのだ。

そもそも甘口ワインを優遇する制度は、かつて二度にわたる大戦の戦火の下、運命に翻弄された敵国であり同胞ともなった、ドイツワインに法の主旨を同じくする。

事実、北部の産地であるからこそ、ブドウを十分に熟させて初めて生まれる、甘口ワインを高く評価する価値観は、生産者の努力に報いる形としては、合理的といえば合理的。

先祖代々の土地の良し悪しといった、ドメーヌの跡取りに生まれたその日からついてまわる、挽回不可能の運命のようなファクターではなく、努力と工夫で果実を熟させれば、奇跡が起きるかもしれないからだ。

しかしそのワインの味わいの方向性と、現代のワインファンの嗜好とのバランスの悪さは、市場が辛口食中酒を求める傾向が強くなることで露呈してしまった。

最高級の甘口ワインを作っても、それは求められる高級ワインの味わいとは、また別の次元にある贅沢品となってしまったのだ。おそらくそこで生まれたのが、アルザス・グラン・クリュという発想だろう。

もちろん縦軸横軸の交差するアルザスワインだけに、グラン・クリュの甘口も存在するが、法律の改正時、それよりも重視されたのは、誰が見ても分かるワンランク上の辛口ワインの誕生であったはず。

ブドウ品種を個性の強い四つに限り、そして評価の高い畑、区画を思い切って特級指定。

さあ、これで合法的アルザスの高級食中酒の登場だ。誰しもがそう思ったことだろう。

だが。ちょっと思い切りすぎたかもしれない。

ブルゴーニュを見ろ、メドックの格付けを見ろ。畑、シャトー、特権階級であるその格付けの中に、ヒエラルキーが存在してこそ、大衆に訴えかけるのだ。特級は文句なし、そこに手が出なくとも一級。そこに生まれる、村名より上のワインを飲んでいる優越感。

五大シャトーは特別なワイン、しかし五級だけど二級を超える品質といわれるシャトーを選んだ、今日の俺シブイ。こういうギミックが人を惹きつけ、格付けの価値をもたらすのだ。

口コミで四点超えてるヤツは全部特級ね。みたいな感じでアルザス全体やられちゃっても、渋谷で居酒屋に行こうと思って、グルメ評価サイトで検索したら、同じ評価点の居酒屋が五十件ヒットして結局意味をなさなかった――そんな感じが漂っている。

 

 

AOC“ただのアルザス”のセレクション・ド・グラン・ノーブルですよね。

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とはいえ愛用してるんですけどね。本じゃなくてサイトね。