サン・ブリ~ブルゴーニュ大管区の攻防

1970年代頃から、フランスワインの法定格付けに静かな異変は起きていた。

フランスの地に強大な権力を持ち、ワインにおいては無敵の独裁体制を敷いてきたINAO帝国は、その勢力をさらに延ばさんと、下位格付けのVDQS連邦に属する独立小国家を次々と、みずからの統治するAOC連合に併合し始めたのである。

しかし併合における過程は、決して平坦な道のりではなかった。いずれのVDQSワインも、その地に古くから根付いてきたものたち。静かだった小国家では、INAO帝国の介入を引鉄に、時として、おらが村を守らんとする古風な百姓と、新しい規格に憧れる黒船ウェルカムな住民たちとの間に、血で血を洗う抗争が起こることも珍しくはなかったのである。

だがそこはさすがに、二十一世紀を視野に併合を進める近代国家、INAO帝国。武力行使ですべてを済ませてきた大戦時の第三帝国とは違い、時には、的外れな南仏に、なぜか根付いていた、うっかりもののカベルネを認可したり、「そんなもん全部、蒸留してオー・ド・ヴィのアペラシオンに入れちまえ!」と叫びたくなるような地方のワインのために、新しい規格を作ったりと 、穏健路線で併合受諾への懐柔を進めたのである。

さらに、最初期の1973年に併合した、コトー・デュ・トリカスタンが2008年のトリカスタン原発事故による、風評被害でワインの販売機会を失いかけたときには、アペラシオンの名称自体をグリニャン・レ・ザデマールに変更してやるといった、アフターケアも万全な姿勢まで打ち出したのだ。なんでそんな呼びにくい名前にしたのかは、よく分からんが。

そんな中、ひとつのドラマは起きていた。

2003年、あるVDQS連邦の小国家が、AOC連合に併合されることになる。そのVDQS名は「ソーヴィニヨン・ド・サン・ブリ」。INAO帝国統治下のブルゴーニュ地方大管区に最後に残った、VDQSワインであった。

ここを併合できれば、ブルゴーニュ大管区統一の野望は成し遂げられる。INAO帝国の作戦本部には、この地を手中に収めるための知恵を出すべく、ソーヴィニヨン・ブラン戦略の専門家として知られた、経験豊富な作戦参謀たちが集められていた。

サンセール大尉
プイィ・フュメ大尉
カンシー少尉
ムヌトゥー・サロン准尉

の四名である。


最初、間違えて、プイィ・フュイッセ大尉も召集されたらしいが、そのあたりはありがちな混同。フュイッセ大尉も、ことを荒立てることなく、会議の席を後にしてくれた。

四名が話し合ったのは、その呼称について。なんでも併合の条件として、小国家側からは、ワイン名の変更をしないこと、という条件が掲げられていたらしい。

ブルゴーニュなのにソーヴィニヨン・ブランを使っているということを、領民に告知し続けたいということか」
「そうだな。地元消費中心だからな。AOC連合に門戸を開くことで、近隣のシャルドネ流入してくるのに備えて差別化しておかないと、地元のワインが消費されなくなるかもしれんと、恐れているのだろう」
「領土内で以前から独立する形でAOC連合入りしている、イランシー特別区の人気がイマイチというのも、影響してるのかもしれませんね」
「ありゃ、周辺のピノAOCのせいとばかりはいえんだろう。止めておけといってるのに、セザールなんてブドウを混醸するからいかんのだ。ピノだけで作っておけばいいものを」
「いや、それでは個性がなくなるではありませんか」
「だが、そんなことをするから、お前はパストゥグランかみたいなツッコミが、いつまで経ってもかわせんのだよ。土地の個性だなんだにこだわりすぎなのだ。駆け引きのイロハも分かっていない。ボウヤだからさ」

四つの頭脳は喧々囂々、議論を戦わせていた。中でも強大な発言権を持ち、そして互いにライバル意識をむき出しにしていたのが、サンセール大尉と、プイィ・フュメ大尉の両名であった。

サンセール大尉がそもそもの穏健路線を支持して、「その名称を残せ」といえば、プイィ・フュメ大尉は強行に「聖なる名称のサンを名乗るのもおこがましいわ。もういっそブリにしてしまえ!」と主張する始末で、両者より若い、カンシー少尉とムヌトゥー・サロン准尉には口を挟む隙すらない。

このままでは、作戦そのものが頓挫するのではないかという有り様であった。

だが、その時作戦本部の奥、高級士官室のドアが開き、一陣の風が吹いた。

「名前、短いほうが売れますぞ」
現れたのは、ブルゴーニュ特区の重鎮の一人、ビアンヴニュ・バタール・モンラッシェ少佐であった。
「ワシより、バタール・モンラッシェ中佐、バタール中佐より、モンラッシェ大佐。分かるだろ」
その通達は、速やかに小国家の代表へと伝えられた。
そしてそれは受け入れられたのである。

こうして2003年、アペラシオン「サン・ブリ」が誕生したというのは、VDQS規格が消滅した2011年以降も、歴史の闇に封印されたままである。


次回
「死闘! コート・デュ・ブリュロワ」
に続く(わけがない)。

 

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くだんのブリさん

 

サンセール大尉

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プイィ・フュメ大尉

 

カンシー少尉

 

ムヌトゥー・サロン准尉

 

穏健派

 

ビアンヴニュ(以下略)少佐

 

コート・デュ・ブリュロワ(どこ!?)