ルパン四世 EPISODE I「ムルソー事変~Introduction」

俺の名はルパン四世。


誰もがご存知、世界を股にかける大泥棒……あのルパン三世の息子だ。
だけど俺の名はおやじほどに知られちゃいない。

 

どうしてかって?


それは俺がまだかけ出しにすぎないからさ。

 

世間ってやつはわかりやすくて、おやじが偉大であればあるほど、俺の仕事には色眼鏡をかけやがる。

 

たとえば俺がルーヴル美術館に忍び込んだときだ。


俺の仕事は完璧だった。
相棒の次元も五ェ門も文句ない仕事ぶりだった。

 

 

だがやつらはこういった。


しかもSNSを使って、だ。

 

 

──ルパンの息子大したことない。エレガントさ不足──

──偉大な父親を持った息子の苦労は解る。けどそもそも今さらルーヴルっていわれてもしらける──

 

 

考えてもみな?

 


おやじと偉大な初代ルパンとの間には、誰も知らない二世の存在がある。

 


そういうことだ。

 


世間がおやじの功績を忘れるには、まだまだ時間がかかるってこった。

 

天ぷら屋の二代目だって、蕎麦屋の二代目だってそうだろう?
引退した先代の味の記憶が生々しすぎる間は評価されない。
先代が記憶になり、伝説になったとき、はじめてその腕が評価されるんだ。

 

──お前さん、いつの間にやら腕を上げたな──

 

そのとき俺はいうだろう。

俺自身は何も変わっちゃいない。
変わったのはお前さんたちのほうさ。


長い時間をかけてお前さんたちの中でおやじの残り香が消え、その腕前が記憶という伝説になったとき、ようやく俺の腕とまともに向き合うことが出来るってわけさ。

 

だから俺は俺に対するどんな評価も気になんてしやしない。


ただ自分のできることを次元、そして五ェ門とやるだけだ。
俺が欲しいのは名誉でもなければ名声でもない。

 

 

そう、お宝だ。

 


お宝さえあれば、充実した日を送ることが出来る。

 

 

え?
おやじと印象が違う?

 

当たり前だ。
俺はおやじ……ルパン三世じゃない。
俺はその息子、ルパン四世なんだ。

 

 

だがな……。

 

 

お前さんたちのいいたいことはわかってる。

俺にはおやじと比べて足りないものがある。

そういいたいんだろ?

まあ、そうあせるなよ。


おやじにあって、俺にないもの。
お前さんたちがなにをいいたいか。

それは俺にもよくわかってる。

だからちゃんと答えてやる。

 

ライバル?


それは違う。

 

おやじの宿敵だった銭形のとっつぁん。
やつぁ今でも元気だ。


すっかり足腰にガタはきてるが、今でも現役だ。
そして困ったことに、おやじがいなくなった今、やつの獲物はこの俺様だ。

 

いや、俺にも同情してくれよ。
たしかにお前さんたちが、銭形の名を聞いて、懐かしさを覚えるのはわかる。


だけどな、こちとらぁ次元のおやっさんも五ェ門の先代も引退していまや悠々自適、俺と仕事を共にしているのはふたりの息子だぜ。

もはや代替わりしてるんだ。
そう、五ェ門は十四代目ってわけだ。

 

そんなだっていうのに。


とっつぁんはあの日のままだ。


いや、もうとっつぁんというよりじっちゃんだ。
そんな相手とまともに鬼ごっこなんざぁ出来ると思うかぁ?

 

 

待てよ……。


それが俺に対する評価が厳しい理由なのかもしれねぇなぁ。

 

結局「今のルパンはかつて世間を魅了した三世と違い、年寄相手に楽な盗みをしている」そんなとこだろう。


俺の苦労も知りゃしないで。

年寄の相手っつうのはなあ、お前さんたちが思うよりはるかに大変なんだぜ。

 

まあ、いい。
愚痴をいうのが俺の目的じゃあねえ。

 

 

今俺が話そうとしているのは、そう、2018年のできごとだ。

世界にとっては、アメリカの新しい大統領がそれまでとは違う方針を打ち出したはじめたとか、オータニさんがメジャーリーグに衝撃をもたらしたとか、朝鮮半島のきな臭さがハンパねぇだとか、そんなことが記憶に残っているかもしれねえ。

 

だが俺にはまったく違う記憶が残っている。

 

それは何年ぶり、いや、何十年ぶりの猛烈な夏がようやく終わりを告げようとしていた頃のことだ。

 

俺はいつものようにTwitterの画面を眺めていた。

 

おやじの頃とは違って、その頃にはすでにTwitterをはじめとするSNSは、情報源として活用するしかないシロモノだった。
なにしろその情報のスピードは、新聞やテレビのニュースとは桁違いだったからな。
俺たちのように、追手を出し抜く必要がある身分であればあるほど、その画面から目を離すことなんてできやしなかった。

そして次元も五ェ門も別のヤマにとりかかっていた、そんなある日──。

 


いつものように彷徨っていたツイッタランドに俺はとんでもねぇものを見たんだ。

 

 

「不二子、お前いったい何をやらかしちまったんだ」

「え? どうしたのルパン」

「こいつを見てみろよ、不二子」

女は形のいい唇をとがらせた。

「ルパン、あなたねえ、そろそろあたしのこと認めたらどうなの」

「何がいいてえ」

俺の口から出たのは強がった科白だ。


まあ、しようがないと思ってくれ。
俺にはいまだに認められないんだ。

 

「<不二子>じゃなくて」

 

そう、この女がお前さんたちの感じる違和感の正体だ。

 

世間じゃあ、おやじのことを女たらしと呼んでいた。

だがその反面、峰不二子という女に対して、恐ろしいくらい執着する姿を純愛と呼んでもいた。

 

なあ、今あんたも違和感を感じてるんだろう?
俺の語りにはここまで女の姿が出てこなかった。
女たらしの息子らしくないだろ?

 

やっと出てきたのは不二子の名前だ。

 

俺は相棒のことを次元、五ェ門と呼んだ。
次元は苗字だ。息子が同じ名前でも何の問題もねえ。
そして五ェ門のやつぁ襲名制だ。
俺がルパン四世なのとおなじように、やつも十四代石川五ェ門ってわけだ。

 

不二子──。

 

じゃあこの女は誰なんだ。


そういうこった。
誰なんだ。

 

お前さんたちの疑問以上に俺は認めたくねえ。
だけどな……。

 

「そぉろそろ」と不二子は体をくねらせて近づいてくる。

「母さん、って呼んだらどおなのぉ、ルパぁン」

 

はぁ~。

まあ、そういうわけだ。


それにしてもこの女の姿をよく見てみろよ。

おやじが恋焦がれた頃とどこが違うんだ?

唇はつやつやと輝いててるし、今でもウエストがキュッ、そして胸はボイ~~~ン。
そんな女を母さんなんて呼べるか?

 

ってことさ。

そう、世間のだれが見ても不二子は今でも女だってことだ。

そして自由が丘で優雅な暮らしをしている。

 

そんな不二子の何気ない「つぶやき」が、俺にとって忘れられない事件を巻き起こしたんだ。

それは2018年。
平成最後の夏のことだった──。

 

(続く)

tokeiyawine.hatenablog.com

 

 

 

【ウ】ヴァン・ナチュール

ますます活況を呈しているかに思われる、自然派のワイン群。ほんの一年ほどの間に、また少し様相が変わってきた気がする。

かつて、亜硫酸無添加、オーガニック、ビオディナミ、リュットレゾネなどなど色んなキーワードが、この市場を盛り上げてきたが、今語られるワードは「ヴァン・ナチュール」ではないだろうか。

2014年に「自然派ワイン」というキーワードを取り上げた際に危惧していた、このジャンルを愛する人たちの排他的な嗜好は、予測どおり一段と激しさを増している気がするのだが、まあそれは想定の範囲内

とはいえ我々の立場からすると、ボルドーカリフォルニアといった産地のワインを全否定されるというのは、「そもそもワインってぶどうから作った醸造酒のことですよね?」という確認はしておきたくなってしまう。

そしてユーザの排他的な盲信とは別に、この手のワインがワインマーケットに広がってくる中で、新たな問題が発生している。

それはすなわち、今現在のヴァン・ナチュールの旗手、と呼ばれるような作り手の皆さんのワインの類似性だ。つまり製法依存で生まれるこのカテゴリに含まれるワインは、みんなおなじ香りがするのだ。品種の特徴や産地の個性が後回しになった、ヴァン・ナチュールというワイン群が生まれている気がしてならない。

この手の味わいのワインをワインという酒だと思ってしまうと、そりゃたしかにガチガチのメドックや、新樽のバニラ&ビターチョコ漂うカリフォルニアとかを毛嫌いするワイン好きが生まれてしまうのも理解できてしまう。

だけどいっておくけど、こっちが「歴史あるワインという飲み物」だからね。

そもそも以前の記事でも取り上げたが、我々は好みの問題でヴァン・ナチュールを選択する機会は少ないかもしれないけど、否定はしていないからね。そういうジャンルのワイン、そういう理想を掲げた作り手がいることは受容しているんです。なのにこのヴァン・ナチュール党の皆さんは、まるでトラディショナルなスタイルのワインを悪のように批判する。そして飲もうとしない。

もしワインが長い時を経て変化する美しさを持った飲み物でなければ、それでいいのかもしれないけれど、そうであるからこそ歴史の上を生き残ってきたのではなかろうか。なんだかワインのアイデンティティやレゾンデートルに関わる問題のような気がしてきている。

ただふと思い当たったのだが、このムーヴメント、20世紀末のブルゴーニュに似てませんか?

某評論家さんの点数をもらうことが、土地の個性を活かしたその地ならではのワインを作ること以上の目的になり、低温浸漬、大量のSO2添加をほどこした、真っ黒けでローストの香り漂うピノ・ノワールが生まれまくった時代。某コンサルタントがそのスタイルのワイン作りに関わって、目的どおり高評価得点を獲得するブルゴーニュワインが氾濫した世紀末。作り手の個性もアペラシオンの個性もない、ただ色濃いピノが濫造された時代があった。

結果、どうなりましたっけ。

ブルゴーニュのワイン、すなわちピノ・ノワールって、こんなワインだっけ? って、世界中のワインファンがふと我に返り、作っている人たちも夢から覚めて、気付いたらコンサルタントは失脚してませんでしたっけ。

ヴァン・ナチュールと呼ばれるワインが自然派の中でも飛びぬけた革新派の急先鋒のようになっているけれど、普通に農薬を使わないようにしている作り手なんて昔からいたわけで、無農薬、減農薬とは別の目的が生まれてしまった意地っ張りの子どものようなこのジャンルは、ワインに個性がない。

どの国のどのぶどうも、あのおなじ茹でた小豆のような香りに支配されてしまっていて、個性がない。ほら、まさにあの時代のブルゴーニュの再来だ。

ただ20世紀末ブルゴーニュワインと、今回のムーヴメントには大きな違いがある。

ギィ・アッカは賛否両論の挙句、結果的に石もて追われるようにワイン界を去ったが、彼の指導によって作られたワインは、長い時を経た今、美味しくなっているのだ。そりゃそうだ。技巧を凝らしすぎてなんだかちょっとヤッっちまったせいで追われてしまったが、彼が作ったのは異常に重ね着をした、厚化粧のピノだったわけなのだから。

つまり十年で飲み頃になるはずのピノを三十年後に飲み頃を迎えるワインにしてしまったということだ。彼のスタイルが見直されることはやっぱりないと思うけれど、1990年代に彼が残したワインは、今飲めば美味しい貴重な史跡なのだ。たとえるなら滅亡した古代文明の遺跡のようなものだ。もう二度とよみがえりはしないだろう。

しかしそもそも彼の思想が、評論家の高得点を得るということことではなく、1900年代初頭のブルゴーニュワインが色濃く作られていたということを知り、それを再現するためにそのスタイルをつきつめたということらしいので、学術的な価値があるのではなかろうか。そこに濃厚ワイン好きの評論家と、高得点獲得でワインを売り出したい作り手という不幸なトライアングルピースがたまたまそろってしまったのが、あの時代だったのだ。

学究的な側面を持ってスタートしたあの時代と比較して、多分今回のムーヴメントは、単なる今の自分の生活に不満を持っている働きもしない若者たちが起こした、イベントのようなエセデモ行動に過ぎないのではないか。なぜなら三十年後どころか、彼らの作るワインは十年後ですら飲めるかどうか怪しいからだ。いや、五年後ですら怪しい。

そしていまさら、1999年の時点で書いた「亜硫酸無添加ワイン」というネタに回帰していることに気付き、ああ時代はめぐるってこのことなんだなあ、と考える私がいます。

 

 

ダウト! ~ 鉄槌トランプ

ワインブーム期に、異常気象下に大発生するムシのように、突如、世間にはびこったエセワイン通。

 

本来、「通」とは、その道に深く通じ、そして、礼節伴う美しき人々である。


しかし、「エセワイン通」の皆さんは
・ 歴史がない ので、昔の体験がない
・ 経験が浅い ので、広くて浅くて深くない
・ 深みがない ので、礼節をわきまえない
の「ないないづくしのないづくし」。

 

そういうわけで自称では「ワイン通」だが、他人様からは、
「ワイオタ(=ワインオタク)」
と呼ばれ、忌み嫌われる存在となってしまったのだ。

 

そして「ワイオタ」の皆さんは来る日も来る日もワインバーにお出かけ。
なぜレストランではないのかというと、
・ 一人で行ってもヘンじゃない
・ 料理を食べる代金までワインに注ぎ込める
・ カウンター席で話ができる
・ 毎日通って常連になれる
・ グラスワインで種類を楽しめる
などなど、そんなところが理由だろう。

 

当時、ワインバーのカウンターからは、ワイオタたちのうんちくに彩られた自慢話が、
まるで、針の跳んだレコードプレーヤーのように聞こえつづけてきたのである。

 


ワイオタA「この前さぁ久々にイケム飲むチャンスがあってさぁ」

ワイオタB「へぇ~。いいね。何年?」

ワイオタA「それが最近、たまたま試飲会で知り合ったシェフの店でね」

ワイオタB「あぁ~俺、最近、試飲会顔出すチャンスがないんだよねぇ」

ワイオタA「でさぁシェフと妙に気が合っちゃったせいか、サービスでグラス一杯、ね」

ワイオタB「ふぅん。サービスでイケムかよ。隅に置けないねぇ。で、何年?」

ワイオタA「その日たまたま誕生日だったんだ、俺の。で、バースデー年をね」

ワイオタB「すごいジャン。お前何年生まれだっけ?」

ワイオタA「72」

 

 

 

 

 

ダウト。

 

 

 


生産されてません。

 

 

ワイオタB「ふうん。いい熟成してるだろうけど、まだまだ若いね」

ワイオタA「まあね」

ワイオタB「5年前に飲んだ64でもまだ全然若かったもんなぁ」

 

 


ダウト。

そのヴィンテージも生産されてません。

 


ワイオタA「もったいない感じだけど、でもワインは飲んでこそ意味あるしさ」

ワイオタB「たしかに。そういや俺もこの前、ちょっと珍しいのをごちそうになったな」

ワイオタA「なんだい?」

ワイオタB「いや、お前と比べたらしれてるよ。イタリア人の友達んちでなんだけどね」

ワイオタA「え? お前イタリアンの友達なんていたんだ」

ワイオタB「うん。そいつがたまたまタスカンでさぁ」

ワイオタA「ほう。じゃあスーパーのいいヤツだね」

ワイオタB「うん。ボルドーがオフで飲めなくてもタスカンのカベルネはいい年さ」

ワイオタA「何の何年?」

ワイオタB「77オルネライア」

 

 


ダウト。
ファーストリリース以前のヴィンテージです。

 

 


ワイオタA「へぇ。そのヘンは正規じゃ無理だよねぇ」

ワイオタB「まあね。現地にツレのいる特権かな」

 

 

そのツレの存在もダウト。

 

 

ワイオタA「でもタスカンもいいけどやっぱ最後はフランスに帰ってきちゃうんだよね」

ワイオタB「そうだね。俺も原点はフランスかな」

ワイオタA「まあ、元々フランスから入ったせいもあるんだけどさ」

 

 

ダウト。
チリカベはフランスワインではありません。

 

 

ワイオタB「俺もそうだからな」

 


ダウト。

 


ワイオタA「結局、10年かけてフランス回帰する、それがワイン好きってものかもね」

 

 

ダウト。

あなたのワインブームは去年からです。

 


ワイオタB「最初に感動したワインもフランスだからね。原体験って怖いよ」

ワイオタA「俺は今考えりゃたいしたワインじゃないけど70のダルマヤックだったなぁ」

 


ダウト。

その頃ダルマヤックはムートン・バロン・フィリップでした。

 


ワイオタB「シブいねぇ。俺はブル白が原体験なんだよね」

ワイオタA「なに?」

ワイオタB「いや恥ずかしいんだけどさ、ルイ・ジャドのクロ・ヴジョの白」

 


ダウト。
モノポールです。

 

 

ワイオタA「へえ~。マニアックだねえ」

ワイオタB「まあ、昔は安かったからね」

ワイオタA「これからちょっといいワインはどんどん高くなってくんだろうなあ」

ワイオタB「誰も彼もがワインワイン、やってらんないねえ」

ワイオタA「そうだね。そっとしといて欲しいよね」

ワイオタB「でも、きっと高くなってもワインからは離れられないだろうなぁ」

ワイオタA「そうだな。俺も一生ワインとともに生きてくことになるんだろうなあ」

 

 

 

 

 

ダウト!

 

 

 


その発言、まるごと、ダウト。 


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2011>>
これも「VinetX」からもってきました。
なので2003年のネタですね。

「お笑いわいん時計屋」が1999年だと思うと、俺、四年も同じ事やってたんだなあと、感慨深いです。
(今も、な)

微妙な事実関係にやや今となっては自信がありませんが、(オルネライアのファーストヴィンテージって何年だっけ? とかそういうコト)まあ、当時のままで掲載しておきます。
おいおい調べなおすかもしれません。

まあ勢いがあったってことで。


2015>>
このやたらと空行入れたりする書き方は、もう今となってはやりたくないんですけど、これはネタに「溜め」が大事かなと思うので、このまま掲載しました。
あと、なんかタイトルの「鉄槌トランプ」っていうのも、サブカル出身感出てますね。ユメキュウ先生の影響もあります。

 

 

 

1930,51,52,64,72,74年が作られてないっぽいです。

 

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バロンヌにもなる以前です。

 

レリティエ・ギュイヨ時代が懐かしいですね。

サン・ブリ~ブルゴーニュ大管区の攻防

1970年代頃から、フランスワインの法定格付けに静かな異変は起きていた。

フランスの地に強大な権力を持ち、ワインにおいては無敵の独裁体制を敷いてきたINAO帝国は、その勢力をさらに延ばさんと、下位格付けのVDQS連邦に属する独立小国家を次々と、みずからの統治するAOC連合に併合し始めたのである。

しかし併合における過程は、決して平坦な道のりではなかった。いずれのVDQSワインも、その地に古くから根付いてきたものたち。静かだった小国家では、INAO帝国の介入を引鉄に、時として、おらが村を守らんとする古風な百姓と、新しい規格に憧れる黒船ウェルカムな住民たちとの間に、血で血を洗う抗争が起こることも珍しくはなかったのである。

だがそこはさすがに、二十一世紀を視野に併合を進める近代国家、INAO帝国。武力行使ですべてを済ませてきた大戦時の第三帝国とは違い、時には、的外れな南仏に、なぜか根付いていた、うっかりもののカベルネを認可したり、「そんなもん全部、蒸留してオー・ド・ヴィのアペラシオンに入れちまえ!」と叫びたくなるような地方のワインのために、新しい規格を作ったりと 、穏健路線で併合受諾への懐柔を進めたのである。

さらに、最初期の1973年に併合した、コトー・デュ・トリカスタンが2008年のトリカスタン原発事故による、風評被害でワインの販売機会を失いかけたときには、アペラシオンの名称自体をグリニャン・レ・ザデマールに変更してやるといった、アフターケアも万全な姿勢まで打ち出したのだ。なんでそんな呼びにくい名前にしたのかは、よく分からんが。

そんな中、ひとつのドラマは起きていた。

2003年、あるVDQS連邦の小国家が、AOC連合に併合されることになる。そのVDQS名は「ソーヴィニヨン・ド・サン・ブリ」。INAO帝国統治下のブルゴーニュ地方大管区に最後に残った、VDQSワインであった。

ここを併合できれば、ブルゴーニュ大管区統一の野望は成し遂げられる。INAO帝国の作戦本部には、この地を手中に収めるための知恵を出すべく、ソーヴィニヨン・ブラン戦略の専門家として知られた、経験豊富な作戦参謀たちが集められていた。

サンセール大尉
プイィ・フュメ大尉
カンシー少尉
ムヌトゥー・サロン准尉

の四名である。


最初、間違えて、プイィ・フュイッセ大尉も召集されたらしいが、そのあたりはありがちな混同。フュイッセ大尉も、ことを荒立てることなく、会議の席を後にしてくれた。

四名が話し合ったのは、その呼称について。なんでも併合の条件として、小国家側からは、ワイン名の変更をしないこと、という条件が掲げられていたらしい。

ブルゴーニュなのにソーヴィニヨン・ブランを使っているということを、領民に告知し続けたいということか」
「そうだな。地元消費中心だからな。AOC連合に門戸を開くことで、近隣のシャルドネ流入してくるのに備えて差別化しておかないと、地元のワインが消費されなくなるかもしれんと、恐れているのだろう」
「領土内で以前から独立する形でAOC連合入りしている、イランシー特別区の人気がイマイチというのも、影響してるのかもしれませんね」
「ありゃ、周辺のピノAOCのせいとばかりはいえんだろう。止めておけといってるのに、セザールなんてブドウを混醸するからいかんのだ。ピノだけで作っておけばいいものを」
「いや、それでは個性がなくなるではありませんか」
「だが、そんなことをするから、お前はパストゥグランかみたいなツッコミが、いつまで経ってもかわせんのだよ。土地の個性だなんだにこだわりすぎなのだ。駆け引きのイロハも分かっていない。ボウヤだからさ」

四つの頭脳は喧々囂々、議論を戦わせていた。中でも強大な発言権を持ち、そして互いにライバル意識をむき出しにしていたのが、サンセール大尉と、プイィ・フュメ大尉の両名であった。

サンセール大尉がそもそもの穏健路線を支持して、「その名称を残せ」といえば、プイィ・フュメ大尉は強行に「聖なる名称のサンを名乗るのもおこがましいわ。もういっそブリにしてしまえ!」と主張する始末で、両者より若い、カンシー少尉とムヌトゥー・サロン准尉には口を挟む隙すらない。

このままでは、作戦そのものが頓挫するのではないかという有り様であった。

だが、その時作戦本部の奥、高級士官室のドアが開き、一陣の風が吹いた。

「名前、短いほうが売れますぞ」
現れたのは、ブルゴーニュ特区の重鎮の一人、ビアンヴニュ・バタール・モンラッシェ少佐であった。
「ワシより、バタール・モンラッシェ中佐、バタール中佐より、モンラッシェ大佐。分かるだろ」
その通達は、速やかに小国家の代表へと伝えられた。
そしてそれは受け入れられたのである。

こうして2003年、アペラシオン「サン・ブリ」が誕生したというのは、VDQS規格が消滅した2011年以降も、歴史の闇に封印されたままである。


次回
「死闘! コート・デュ・ブリュロワ」
に続く(わけがない)。

 

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くだんのブリさん

 

サンセール大尉

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プイィ・フュメ大尉

 

カンシー少尉

 

ムヌトゥー・サロン准尉

 

穏健派

 

ビアンヴニュ(以下略)少佐

 

コート・デュ・ブリュロワ(どこ!?)

ポムロル~シンデレラの目覚めを許さない平和理論

ボルドー赤の銘醸地を分類整理するとしたら、まず最初のひと太刀は河の左岸、右岸という区切りで、誰しも文句はいうまい。左岸は当然メドック、グラーヴで、不変の厳然たる格付けに支配された、身分社会だ。

対する右岸を代表するのは、サンテミリオンとポムロルということになるだろう。そのうちサンテミリオンは、こちらも格付け社会。ただし、その格付けは定期的に見なおされており、その都度、新進勢力が台頭してくるなど、参院選のような様相を呈している。

さて、問題はポムロルだ。ボルドーの四大赤ワイン銘醸地の中で、格付けのないここは、まさに無法地帯。古くからフランス国内にとどまらず、世界中のワインを見てもトップクラスの高値で取引をされてきた、ペトリュスの存在は別格として、それ以外はフリーダム。歴史のある安定勢力はあるにはあるが、ル・パンのように、ペトリュスの地位に肉薄するかのような勢いを持つシンデレラが、突如現れる油断ならない地区なのだ。

しかし面白いことに、シンデレラブームのようなものがひと段落した今、あらためて見てみると、ル・パンを除けば、このアペラシオンの最上位に名を連ねているのは、意外にも歴史のあるシャトーがほとんどであることに気付く。

かつてサンテミリオンは、ヴァランドロー、テルトル・ロトブフといった、一夜明けたらのオーバーナイト・サクセスの実在を世界に知らしめた、シンデレラシャトーの一団を生み出した。そして彼らは今も、昇り詰めたその地位をある程度はキープし、旧勢力と肩を並べたまま、安定勢力の仲間入りを果たしている。

また左岸もマルゴーあたりでは、小規模なワイナリーが作るワインが、下位格付けのシャトーを超える高値を付けて、ガレージシャトーなどという言葉を広めた時期があった。

比べてポムロルは、こんなに自由に何かが起こせる条件を備えながら、地区全体を飲み込みかねない大きな変革の波というものが立ったことがない、不思議なアペラシオンなのではないだろうか。なぜだ。

押し寄せろ、ビッグウエンズデー!
叫べ、若き闘士の魂よ!


あれ?


へんじがない。ただのしかばねのようだ。


結局、体制のないところには反体制は生まれず、政府なきところに革命は起きないのだ、という、ある種の平和理論を想起せずにはいられない。

 

 

 

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へんじがない。ただのしかばねのようだ。

カバルデス~身分を超え民兵団の先陣を切る若き旗手

「コンニチハ! 1999年にAOCに昇格したカバルデスです! よろしくお願いいたします!」

これをやりたかっだけなので、ここで終わってもいいのだが、それやるとダジャレの方向に突撃しそうなイヤな予感がするので、話、続けます。

単なる南仏の安ワインといってしまえばそれまでなのだが、このアペラシオンの面白いところは、そのセパージュにある。

カベルネ・ソーヴィニヨン+メルロ+カベルネ・フラン …… 40%以上
グルナッシュ+シラー …… 40%以上
マルベックなど …… 残り

なんじゃこりゃ。

この手のブドウの組合せで素晴らしいワインを生み出していた、プロヴァンスの銘酒は、「土地の個性を守れ」の大号令のもと、コトー・デクサン・プロヴァンスAOC認可を失ったというのに、この豪快なセパージュ。

なんかまかり間違ったら、ボルドーとローヌのいいところをすべて備えた、ものすごいモンスターワインが生まれそうな気がするが、実際のところそんな話は聞かない。

まあ、まだ発展途上のアペラシオンでもあるだろうし、そもそもAOCの下のクラスとなるVDQSのワインを作っていた生産者たちが、いきなりそんな革命ベクトルに動くには、設備も資金も足りないのだろうと推察する。

ただ、この地にもし、ボルドーの大手シャトー資本やローヌのビッグネゴシアンが、本気で爆弾を投下でもしたら、なにか起きるような気はしてならない。事実、元シャトー・なんとかの醸造長がちょっと顔出してみたり、いろいろあることにはあるようだ。

集え! 革命の志士! 集合の地は、カバルデスです!!

それにしてもこういうセパージュがそのまま認可されてしまうのは、もともとAOCより規定の緩かった、VDQSワインからの昇格ならではの椿事じゃなかろうか。そう考えると、古くから評価の高かった産地が、損しているような気がしないでもない。

ただ、「ワインとしての格が上」イコール「市場価格も高い、海外需要も多い」という事実はあっただろうし、それを歴史の上で積み重ねてきたら、AOCワインの産地は、この手の産地よりはるか昔から、評価や収入など多岐に渡り、格付けの恩恵を受けてきたことになるわけで、どちらがよかったのかという結論が出るのは、未来世紀まで持ち越しておきたい。

時代は今まさに倒幕の空気が漂いだし、四民平等の世が訪れる予感に包まれ始めたというところなのだろう。そして反乱軍と呼ばれる一味に身を置く彼は、思わぬ武器を手にしていたことに、ようやく気付いたのだ。

「俺の手にあるこのセパージュとやらは、徳川の世を終わらせる最終兵器かもしれぬ!」

バルデスは、VDQSという身分層を脱した民兵団の先陣を切る、若き旗手なのかもしれない。なんかカッコいいな、カバルデス

 

 

ボルドーの大手シャトー資本様。

 

ローヌのビッグネゴシアン様。

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バルデス、デス!

 

戦国世を終わらせ太平の時代を築いた、徳川の世もいつか終わりを迎えるのです。