平成最後の秋の一幕~メルマガの統合に関する考察~

メルシャンさんとキリンさんのメルマガが先日統合されました。

 

これは「楽天ワインニュース」と「楽天お酒ニュース」が統合されて「楽天ワイン・お酒ニュース」なんて題名のメルマガになったのとはまったく違うレベルの話です。

 

もともと別法人だった大手さんがグループ化したことすら驚きだったのに、そこからさらに時を経て、ついにメルマガまで統合されるのです。

 

 

しかも時期は今。このとき。


ネットでみんなが自分の手元にある不要物を気軽に売買できる、

 


スマホでかんたん フリマアプリ

 

の時代なのです。

 

 


もう、誰が考えても、


チャンスです!


やるしかありません!

 

 


そんな期待に震えて待ってたら、

 


きました


きましたよーーー!


創刊号!!

 

 


その名も……!!!

 

 

キリン・メルシャンNEWS

 

 


キリン・メルシャンNEWS

 

 

 

キリン・メルシャンNEWS

 

 

キリン・メルシャンNEWS

 

 

キリン・メルシャンNEWS?

 

 


キリン・メルシャンNEWS???

 

 

 

 

そこは

 

 

 

メルキリNEWS

 

 

 

ちゃうんかーーーーーい!!

 

 

 


……まあ、いろいろありますわな。

 

大人ですもんね、

 

 

 

俺も。

 

 

 

わかります。
わかります。

 

 

 


残念です。

 

 

 


こんな、

 

 

 

 

一生に一度あるかないかレベルのチャンスをみずから放棄する

 

 

 

 

なんて

 

 

 

 


残念です。

 

 

 

 

でも、

 

わかります。

 

 

 

トケイヤも大人のコンテンツになりました。

 

 

 

平成最後の秋の一幕でした。

 

 

-完(もちろん続かない)

 

 

【後記】

メルカリの現状についての考察(?)はこちらのブログさんがおすすめです。

 

gameboku.blog.jp

gameboku.blog.jp

 

こちらをご一読いただけると、なぜあえて今こんな小ネタを書いたのか、トケイヤの嗜好を知る長き愛読者の皆様にはご理解いただけるかもしれません。

 

テイスティング(Winekipediaより転載)

テイスティングとは(英: tasting、仏: degustation)とは、酒類を視覚、嗅覚、味覚によって分析し、表現する行為。主としてワインを対象としておこなわれるが、広義には蒸留酒やリキュールを対象にした行為も含む。日本酒に関しては利き酒と呼ばれる類似の行為がある(後述)。当項目ではワインに関するテイスティングについて述べる。

 

 

概要


テイスティング対象とするワインの特徴、個性を視覚、嗅覚、味覚によって分析し、その特徴や個性を表現する。まず外観、続いて香り、味わいの順に確認する。これに関しては人間の食事という行動の順序に正確に沿っており、合理的だと評する声がある。(人間は食事する際、まず食物を視認し、次いで対象としたものから漂う香りを鼻孔から捕捉し、そして口中で味わう)

 

ワインのタイプを特定したら、飲用に適した温度、シチュエーション、使用を推奨するグラス、合わせる料理(料理との相性をマリアージュ仏: mariage)などの提案をおこなう場合もある。

 

おもなテイスティングの項目を以下に記す。

 

  • 外観……発泡性、ディスク(グラスに注いだワインを真横から見た際に確認できる分離した層の厚み)、色調など。
  • 香り……ブドウ品種に由来するもの。第一香、アロマともいう。発酵や熟成に由来するもの。第二香、ブーケ(ブケ)ともいう。グラスを回転させワインに空気を含ませること(スワーリング)で顕著に感じられるとされる。
  • 味わい……アタック。果実味。酸味。余韻など。甘口ワインの場合は甘味、赤ワイン(ロゼワイン)の場合はタンニンも加わる。

 

歴史


現在のテイスティングという行為の確立は、二十世紀に入ってからと推定されているが、飲用するワインの味を見る、利くという行為自体は古代より自然発生的に生まれたものであり、その時期を特定するは困難とされている[要出典]。だが発酵によって生まれるワインは、その発酵段階において常に味を確認する行為が伴うことは当然であり、ワインの誕生とともにテイスティングも行われてきたと考えるのが自然である。

 

中世以降、利き酒には毒見という目的も加わるようになる。これは権力闘争が盛んになった時代、酒類はその醸造を司る知識を有する知識層を取り込むことか権力の象徴であったことに起因する。即ち酒を造れるということは、知識層を囲う権力と財力の証であった。しかしそれは対立勢力からの標的となることも意味していた。そのため食事には毒を盛られるというリスクが伴い、ワインもその対象となった。そして権力者の食事には、事前の毒見という行為が必須となっていった。

 

科学、農業学などの発展とともにワインという醸造酒の近代におけるスタイルが確立すると、ワインを専門に扱う酒商、給仕といった職業が確立され、それによって仕事としてのテイスティングが定着する。彼らは自らの取り扱うワインをテイスティングすることで分類整理し、それに基づいて顧客のニーズに応え、また自らの管理するワインの品揃えを行うようになる。

 

現在ではテイスティングの基礎を学ぶためのスクールが存在し、さらにその能力をスキルアップするための講座で学ぶといった学習スタイルも一般化している。

 

目的


前述のとおり、ワインのテイスティング本来の目的は対象のスタイルを確認し、伝えることにある。これは前項で述べた通り、専門職の発生により、彼らが顧客に対してワインの説明を行う必要が生まれたためである。

 

目的の多様化


ワイン文化の普及に伴い、現在ではテイスティングは多様な立場から多様な目的をもって行われている。そのおもなものを以下に列挙する。

 

テイスティングの目的、動機


コンクール


ワインの販売サービス業従事者(一般的にはソムリエ、酒販店員など。業界ではプロという用語で括られることもある。用例:ワインのプロ)が参加するコンクールでのテイスティングの多くはブラインドと呼ばれる形式(詳細は後述)で行われる。筆記のほかにプレゼンテーション形式があり、課題として出されたワインの素性(ブドウ品種、産地、価格帯など)を利きわけ、正確に言葉で表す能力を問われる。プレゼンテーション形式の多くは、参加人数が絞られるコンクール終盤に設けられ、観客に公開されるスタイルの場合はコンクールの中でもひとつの見せ場となっている。

 

資格試験


ワインに関する資格を取る際に受験する試験の課題の一つ。コンクールと比較して求められる回答の厳密性は薄れるが、形式はブラインドテイスティング。市場のトレンドに沿って選ばれるワインと、基礎知識として選ばれるワインが課題の中に混在することが多い。基本的に世界のワイン市場の主流から外れた課題は出にくいとされているため、一部の専門店(イタリアンレストランなど他国のワインを仕事上扱う必要性が少ない)に勤務するプロからはその存在意義が疑問視されることもある[要出典]

 

ビジネス


酒販店(特にワインに特化した専門店が重要視する傾向にある)が自店舗で取り扱うワインの選定のために行う。また販売することが決まったワインを顧客に紹介するためのコメントとして使用するために行うものもある。飲食店のスタッフの場合、コンクールを一つの目標とするケースも多いため、基礎を講座などで学ぶことが多い。それにより彼らはワイン業界の共通語としてのテイスティング表現を身に着けるが個人経営の酒販店は独学の比率が上がるといわれている。そのためテイスティング用語の誤用や、独自の表現が氾濫し、正確にワインの香りや味わいを伝えることが出来いないのではないかという指摘をするものもある[要出典]

 

酒販店におけるテイスティングは、自店舗で行うほか、輸入業者やメーカーなどが主催する展示会などでも行われる。展示会の参加資格は酒販業従事者(飲食店を含むものも多い)となるが、かつてのワインブーム以降増加したにわかワインオタクが知人の酒販店に頼んで展示会参加者に紛れ込むケースが多発し、問題視されたこともあった。現在では主催者側が展示会入場時の身分確認を厳重化したり、事前申込の際に酒販業に従事する証明の提出を必須とするなどの対策を打つことで、仕入れることもできないのにタダ酒を飲みに来る頓珍漢は大幅に粛清される傾向にある。また資格試験において酒販、飲食業に従事しないのに捏造した業務経歴で資格を取った「な~んちゃってソムリエ」が、新たな受け皿として用意されたワインエキスパートの資格に移行したことも、展示会参加者の浄化に一役買ったといわれている。

 

ワインジャーナリストによるテイスティングでは、香り味わいの表現とともに、対象ワインの評価が重要視される。評価方法は満点を定め、それに対して何点に値するかという表現を使う場合が多い。レストランガイド「ミシュラン」のように星の数で表す方式(五つ星や三つ星を満点とする)と、百点満点方式が代表的なもの。一部では著名なテイスターの評価が市場価格に影響を与える可能性に対して、批判的な見方もあるが、消費者および小売店の対象選定には大いに参考にされている。

 

趣味


ワイン愛好家が自らの飲んだワインのテイスティングコメントをインターネット上に公開するケースもある。これは趣味としてのワインの表現でもあり、また次項に述べる記録の側面も持つ。


記録


ワインは銘柄数も多く、ヴィンテージ(収穫年)によって同一銘柄のワインであっても味わいは変わる。さらに年月が経つことで色調、香り、味わいのすべてに変化が起きるため、いつ飲んだどのワインの味わいを記録しておくことに価値があるとされている。そのため記録的な価値からテイスティングコメントを保存しておくことも多い。

 

テイスティングの形式


通常のテイスティング


テイスティングは対象の銘柄を明らかにしたうえで行うことが多い。あらかじめブドウ品種や産地、価格帯などが分かったうえで行われるため、目的はそのカテゴリの中での位置付けの評価になるといえる。

 

たとえば「市場価格千円のチリのカベルネ」が対象の場合、そのワインは千円という価値に見合っているのか、カベルネ種の特徴は出ているのかなどである。二千円台のピノ・ノワールに対して「まるでロマネ・コンティ」といった表現がされるケースも見受けられる(「表現のインフレーション」項にて詳細後述)が、その多くは実際に飲んでいないか、または飲んだ感想とはかけ離れた誇張表現である[要出典]

 

ブラインドテイスティング


一方で資格試験やコンクールなどにおいては、対象の素性を明かさずに行うのが一般的である。これはワイン取扱業に従事するスキルの有無を判断したり、出場者の優劣を決める必要から発生する。すなわち、より正解に近いテイスティングコメントを残したものを合格や優勝として取り扱うためである。

 

また余興としてのブラインドテイスティングも一般化している。その目的は大きく二つに分かれ、第一には先入観なくワインを評価するためというものである。ラベルやボトル形状などの外観による先入観なくワインに対峙した場合、その評価は視覚、嗅覚、味覚に委ねられる。テイスターが五千円以上するシャルドネだと判断したワインが、実際には二千円のアルザスピノ・ブランだった場合、そのワインはそのテイスターにとってお買い得だという結論が導き出せる。そのテイスターが一般愛好家であった場合は、自宅で飲むワインを選ぶ指標となりえ、酒販店や飲食店のバイヤーであった場合は商品選定の基準の一つとなりうる。ただしテイスターが格付けシャトーだと思った赤ワインの正体が二千円のチリワインだった場合、前者はそれを買い占めるべきであるが、後者は反省の上、さらなる研鑽を積むべきである。

 

第二の目的はゲームとしてのものである。ワイン仲間で行うものもあれば、イベントのアトラクションとして行われるものもあり、多くはその場を盛り上げる効果をもたらす。ただし当たったテイスターの盛り上がりと比較して、外れたテイスターの落ち込みっぷりが目に痛い場合もある。また外したテイスターの中には、「これは本来のピノっぽくない」とか「この作り手はちょっと変わった樽の使い方をしているんだよね」など自らの回答が正解でなかったことを冷静に分析をする者もいるが、その多くは言い訳と判定され、仲間うちでの評判の下落や、次回から呼んでもらえなくなるなどといった副産物を生む。

 

道具


テイスティンググラス


テイスティングの際ワインを注いで使用するグラス。ISO(国際基準協会)No.3591により、形・寸法が定められた国際規格がある。ワインの香りや味わいはグラスの形状によって変化するものであるとされるため、公式にはそちらが用いられる。個人的なテイスティングやイベントにおいてはその限りではない。


テイスティングシート


テイスティングした結果を記録するための用紙。資格試験やコンクール、ワインスクールなどではフォーマットが用意されているのが通常。一般愛好家は公式なものをもとにして自作する場合もある。

 

テイスティング用語


専門職はワインの購買も仕事として行う。その際に、生産者など買い付け相手と共通の判断基準を持つ必要があり、そこから自然発生的にワインの特徴を伝えるための用語が生まれた。

 

公的なテイスティング用語は共通言語であり、それを用いて表現することで、そのワインを口にしたことがない者に対してもそのワインの素性やタイプを共有することが出来るツールでもある。

 

特にブラインドテイスティングの場においては、共通言語を理解する者にはテイスターが対象のワインに対してどんな判定を下しているかが、手に取るようにわかる。

一般的な例として辛口の白ワインを例にとると、

 

外観

 

「発泡性は認められない。ディスクは平均的。色調にややグリーンのトーンが認められる明るい麦わら色」

 

この表現においてはスティルワインであることがわかり、おそらく甘くワインでないと推測でき、若いワインかつ比較的冷涼な気候のワインであることが伝達できる。

 

香り

 

「果実香は青りんごやレモンなどの爽やかなもので、バジルのようなハーブの印象がある。特徴的なものとしてゴムや石油を思わせるオイリーなニュアンスがある」

 

果実の香りの種類から、若い年代のものであることかつ、北部の産地で作られたワインである可能性が高まる。さらにゴム、石油という表現からブドウ品種がリースリングであることが特定できる。

 

もしあなたにそれが伝わらないとしたら考えられる要因には以下が挙げられる。

 

  • あなたの基礎が出来てない
  • あなたが体制に対して反逆的である
  • 基本を知らない
  • テイスターが異様に無口 またはあなたが耳栓をしている

 

味わい

 

「アタックには豊かな果実味としっかりした酸味があり、中盤から余韻にかけて酸味が広がる印象。ミネラルによる液体の厚みも十分に感じられる。余韻は酸味がしっかりとしていて十秒以上と長い」

 

豊かな果実味、長い余韻、ミネラルの厚みなどの要素から、このワインがある程度以上のランクのワインであることがわかる。

 

これまでのコメントからテイスターは、このワインがおそらくアルザスグランクリュリースリングだと判断していることが伝わるはずである。

 

特別な用語


前述のリースリングのコメントにある「ゴム、石油(重油)」といった表現は、飲食物の表現としてはかなり特殊である。しかしこれがワインテイスティングにおける、リースリング種のアロマとして使用される用語である。

これ以外にも以下のような特別な用語が共通言語として用いられている。

 

 

これらは一般的にはその香りを嗅ぐ機会がどれくらいあるのか、という観点からすると奇抜に感じられるが、長い歴史を経てワインのテイスティング表現用語として定着したものであり、すでに共通言語として確立されている。そのためテイスティング結果を共有したいという目的がある場合は「わからない」というのではなく、それがどんな香りなのかを認識する必要がある。

 

習得する方法はその香りそのものを嗅ぐことだと思われがちだが、あくまで比喩における表現なので、ロワールのソーヴィニヨン・ブランに実際の猫のおしっこの香りがするわけではない。幸いなことにただでさえ身軽な猫を捕獲したうえ、尿意を催させる必要はないのだ。

 

ワインテイスティング用語としての「猫のおしっこ」を記憶するのであれば、逆引きという方法がある。つまり、すでに共通言語を習得したテイスターが「猫のおしっこ」と表現したロワールのソーヴィニヨン・ブランを集め、そこに共通する香りの中で、自分が何と表現してよいかわからない香りを抽出するのだ。それが共通言語としての「猫のおしっこ」である確率は高い。それを繰り返し、さらにきめ細かなフィルターをかけることで、結論が導かれるといってよい。

 

また手早い方法としては「ル・ネ・デュ・ヴァン(仏:Le Nez Du Vin)」という香りのサンプルを利用する方法もある。

 


用語に関する問題


テイスティングのコメントに関する用語は、前述のとおり本来、基本用語に沿って使用されるべきものである。しかし、特別な用語の存在によってあたかも自由表現であるかのような印象を与えたため、基礎知識を持たない者、基本を学ばない者によって、無秩序な造語が氾濫する傾向にある。これに関しては共通言語という概念の存続について懸念する声がある一方で、独自の用語を生み出す輩は、世界共通のコミュニケーションをとる必要のない立場であるという観点から「放置プレイでよい」という意見もある。その主旨としてはそのままの経験値を積み重ねた結果、もし共通舞台に立つ機会が巡ってきた時、恥をかくのは本人だから、というものである。確かにもし共通言語を擁する舞台に近づくことは一朝一夕にてなせるものではないため、その距離が狭まっている状況にはどこかで気付くはずである。もしその者が実際にその舞台に立つ機会を得た時点で、共通の言語を理解していないというのは、当人にその場で通用したいという意志がなかった故の勉強不足、準備不足であり、自爆とする見方が強い[要出典]

 

表現のインフレーション


前述のような自由な表現が生まれてくることは、決して悪いことではない。言語学的視点から見ても「ヤバい」の意味は時を経て変遷し、「チョー」という表現が定着している。直近では「エモい」という表現に関しても、物議を醸しながらもネット民の間では一般的に市民権を得たと見られている。このように言葉はその時々の文化を反映して育っていくものであるため、新語の誕生や、造語の普及は言語学的には容認されている。

 

しかしその発生が自然的なものではなく、一部の利益渇望者による意図的なものであるケースがままあることは問題視されている。安価なカベルネに「濃厚な」「フルボディ」という表現をすることは、有識者には納得しがたいものがあるが、二十世紀末のワインブーム以来、ポリフェノール含有量を重視した日本市場では「濃厚」「フルボディ」の表現が即ち販売しやすいと印象付けられている。そのため、市場に出るカベルネの多くは、千円だろうがフランだろうが、フルボディと表現されることが多い。

 

またさらにテイスティングの枠を超えたインフレ表現として、同型の高級ワインを騙るというスタイルが一部において定着している。これはブドウ品種や産地をキーとして、安価なワインをあたかも高級ワインかと誤認させることに主眼を置いた表現方法である。しかし実際には「まるでモンラッシェ」と表現される場合のモンラッシェの価値観を知っているワイン知識層には、その表現対象がただのブルゴーニュ・ブランであることは明白である。ではその甘言に騙される対象がワインを選ぶための物差しを持たない初心者なのかというと、ワインに対しての造詣が浅い初心者はそもそもモンラッシェというワインの価値はおろか、存在すら知らないと考えられる。そのためこれらの表現的インフレーションは、発信者の自慰行為に過ぎないとする説もある[要出典]。また一部ではこの手の表現をする販売者がそのワインを果たして実際にテイスティングしたうえでそう表現しているのかという点を疑問視する声もある。もしテイスティングしていないとしたら道義的な問題が生まれ、しているとしたらプロとしてのスキルに問題があるといわざるをえないという見解である。ただいずれにしも、これらの表現を続ける発信者は自らの表現方法が必ずしも正しいと認識しているわけでなく、それ以外の方法を見つけられないまま、その手段に依存しているということが一般的な大多数の結論となっており、「目にするとイラっとするがどうせみんな話半分に聞いているので無害」「引っ込みがつかなくなっている立場もわからないではない」という意見が多い[要出典]。公正な取引を推奨する観点からは、何よりも先に駆逐されるべき経歴詐称に近いプロモーション方法でありながら、この手段が姿を消さないのは、そういう同業者の大人の対応、冷めた視点によるものであると結論付けられている[要出典]

 

日本酒、ビールとの違い


日本酒に関しては利き酒と呼ばれる類似の行為があるが、こちらは本来品質の判定を主眼としており、劣化品を省くために行われる。
ワインのテイスティングは対象の長所を見極める、もっとも活躍できるシチュエーションを探すといったポジティヴなのものであり、製品品質の検査的な観点に基づくものではない点に大きな違いがある。

またビールにおいては日本市場では二十世紀末の地ビールブームの際に、アメリカの評論家の専門書が翻訳されるなどの動きはあったが、本来気軽に飲める酒類であることが支持されていたため、一般に普及することはなかった。2010年代のクラフトビールブームにより、様々なスタイルのビールが定着はじめたため、今後確立され普及していく可能性は秘めているといえる。

 

関連項目


スワーリング
アロマ
ソムリエ・コンクール
(ワインに含まれる)
タンニン
な~んちゃってソムリエ
ワインブーム
ワインエキスパート

 

 


 

 


 

 

 

 

 

 

未来への祝辞~Audio Commentary MIX

アミューズ


時の流れは速く、そして誰にも止められるものではない。
わたしたちの記憶に深く刻み込まれたあのムルソー事変は、もはや遠い昔のできごとだ。

 

tokeiyawine.hatenablog.com

 

オードヴル


いつの時代もどんな場所でも、いつもなにかが起きている。
たとえばわたしがワインを飲んでいるその瞬間に、世界のどこかでは間違いなく新たな生命が誕生している。
あなたがムルソーのグラスを傾けた瞬間に、どこかで生ハムがスライスされているかもしれないし、お好み焼きがひっくり返されているかもしれない。

 

f:id:tokeiya_japan:20180915104456j:plain

 

そしてもし、あなたがそのグラスをおかわりしなければ、あの戦争は起きなかったかもしれないのだ。

 

 

 

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学術的にはそれをムルソー効果という。

 

 

 

違う。

 

 

バタフライ効果だ。

 

 

f:id:tokeiya_japan:20180915104646j:plain
ぱくたそさんからお借りしています)

 


つまり世界のどこかでムルソーのグラスがおかわりされる

 

もとい

 

 

蝶が羽ばたく、

 

 

すると

 

 

桶屋が儲かるわけだ。

 

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ポワッソン~ムルソー事変、その後
 

さて、本題です。

 

ムルソー事変についてはWinekipediaに詳細がまとめられているので、そちらを見ていただくとして、あのできごとをあらためて振り返ってみると、結論としては世代間のギャップということにつきると思うのです。

 

ワインブームとやらはすっかり落ち着き、日本は猫も杓子もワインワインと騒ぎ立てる市場ではなくなりました。
しかし過ぎ去ったブームなのではなく、騒がなくてよくなったということなのです。
日本人のライフスタイルにワインが定着したため、ワインを飲む姿をあえて取り上げる必要がなくなったのだと思います。

 

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(何ならビールと一緒に頼んじゃったりもします。あの頃こんなことすると激ギレするお店もあったんじゃないでしょうか。そもそもビール置いてないとか)

 

 

事変による被災者はわたしたちの世代すべてです。

そしてそれはその世代にとって感慨深い事実でもありました。

なぜならその世代は、どうすれば日本の家庭で日常的にワインを楽しんでもらえるようになるか、常に考え、行動し、頭をフル回転させ、ときにはみずから陣頭に立ってきた世代だからです。

その世代がワインのために駆けずり回っていた頃から比べると、本当にワインは日本人の生活に根付きました。

 

あの頃ワインというとフランス料理店に行ったときに、どうしても飲まないわけにいかなくて、ソムリエさんにワインを勧められると緊張しまくったものです。

 


いや、

 

むしろ

 

 

ソムリエさんが怖かった。

 

 

 

 


 

 

 

 


「ワインはいかがなさいますか」という科白をどうやって乗り越えるかが、

 

 

フランス料理店から生還するための最大の難関

 

 

 

 


 

 

 

 

ラスボス

 

 

 

 

 

f:id:tokeiya_japan:20180915110457j:plain

NAVERまとめ「ドラゴンクエスト モンスターデザインイラスト集[鳥山明][ドラクエ][図鑑]」よりお借りしました)

 

 

 

だったといえるかもしれません。

 

それが今ではどうでしょう。

 


特にワイン愛好家というわけではなくても、月に一度か二度、ワインを口にする機会がありませんか。
自宅近くのコンビニ、昨日同僚と飲みに行った居酒屋、先週末の友人宅でのホームパーティ。

 

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どこにでもワインの存在がありませんか。

これが今の日本の飲酒事情で、そしてその状況が確立されたのは、わずかここ二十年の話なのです。

 

きっかけは、日本人ソムリエの世界ソムリエコンクール優勝という偉業です。
その偉業は次世代のワイン業をになう者たちに大きな勇気を与えました。

 


 

 

しかし世界一のソムリエが日本から誕生したとしても、多くの人たちがワインの普及に努めなければ、わずか二十年でこれほどまでに日本人の食卓に変化は訪れなかったとわたしは思います。


一人の行動、活動にはその範囲に物理的な限界があります。

もちろん偉大なソムリエの理想は、いつか必ず日本人のワインに対する恐怖心や警戒心を取り除き、そしてワインに親しむ姿を実現したでしょう。
しかしその普及に努めるものが物理的に一人の人間であったとしたら、一年、二年という期間で、その結果を出せる範囲は限られたと思うのです。
この日本市場の状況はいずれ生まれたとしても、それは十数年後という未来の話だったのではないでしょうか。

 

 

 

 

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その期間を飛躍的に短縮したのは、

 

 

伝道師たるものたち

 

 

 

 


 

 

 

の存在です。

 


理念を掲げることは一人にしかできなくとも、その理念に共感することは誰にでもできます。
そしてその中から、その理念を広めようとするものが出たとき、伝播という現象がうまれるのです。

 

福島県立清陵情報高等学校 - Wikipedia
(こちらは伝播ではなく電波です。ゆんゆん

 

ヴィアンド~ムルソー事変、その後
 

キリストには弟子がいました。
エドガー・アラン・ポーには後継者がいました。

 


 

 

 

 


だからキリスト教は広まり、推理小説は書き継がれているのです。

 

後世においてムルソー事変と呼ばれるひとつのできごとの口火を切ったのは、わたしが推測するに、今からソムリエ試験を受けようとしている若きワイン愛好者、若きソムリエだと思います。
そしてそれを受けて立つ立場になってしまったのは、先輩世代に当たる側でした。

 

 

その構図はまるで、

 

夜の校舎の窓のガラスを壊して回る彼ら

 

 


 

 

 

対峙する学園ドラマの教師

 

 

 

 

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こらぁ~このバカチン!
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の姿のようにも見えました。

 

 

おとなになんて、なにがわかる!

 

 

君はそう叫ぶかもしれません。
しかしその叫びはかつてわたしたちが声を張り上げたものとおなじです。

 

なんといってもわたしたちは新人類と呼ばれた世代ですよ。

 


 

 

 


先達からわからないといわれることは体験しています。
理解できないと十把ひとからげにメディアに取り上げられたのですから。
逆に君がわたしたちの心のうちを察することができないのは経験の不足によるものです。
わたしたちが君にとって価値観を異にする存在だなんてことはありえません。
もし君がワインの世界にその足を踏み入れようとしているのなら、その時点で君はもう仲間です。

 

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ただわたしたちは君よりもたくさんの経験をしてきた中で、君がいま一番大切にしている価値観を最終的な武器には選ばなかった。

 

ただそれだけのことなのです。
その武器を知らないわけではない、威力も効果もわかっています。


今それを手にしていない理由は、

 

それが

 

きのぼう

 

だからです。

 

 

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君がいまスライムをボコってるその武器は次の町を出る頃には役に立たなくなっています
わたしたちは先にそれを経験しました。

 

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そんなわたしたちの世代もすでに長くワインというものに触れ、そしてそれを趣味嗜好の範囲を超えて取り扱ってきました。
そういう意味では、ワインに対するスタンスにゆとりがあります。
なぜなら、ワインというものがすでに自身の中で消化できていて、理想だけで突っ走ることもなく、しかし理想だけを追い求めた経験があるから、その世代の体内で燃え盛るワインだけをターゲットにした炎の温度を知り尽くしているからです。

 


 

 

いま冒険の旅に出たばかりの君からすると、わたしたちの世代はそれぞれの「しょくぎょう」につきそれぞれの「ぶき」を持つマップの中の個々のキャラクターでしょう。


しかし、たとえば今現在わたしが「まほうつかい」で、彼女が「おどりこ」であったとしても、わたしたちの誰もがかつてはみな、「ゆうしゃ」だったのです。

 


 

 

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ただ次の町へ、さらに次の町へと進み、パーティが大きくなるごとに、自分とおなじ職業のより凄い存在を知りました。
その中でそれぞれがみずからを一番活かせる道を模索し、そして選び、職業やステータスを活かす武器を手にし、そして個々の技を磨くことになったのです。
しかし、今現在まさに勇者たる君の瞳には、わたしがHP不足の魔法使いに見えたり、彼女がパワーの足りない踊り子に見えたりするかもしれません。

 

わたしは思います。
君たちがもしわたしたちにライバル心を燃やしているのだとしても、わたしたちはそれを見守ります。
なぜならば君たちの世代の自尊心は、尊重すべきものだからです。
わたしたちの年代になると、社会的な立場や業界的な立ち位置や、家族のステータスはそれぞれ確立されています。
これはゆるぎないもので、その変化は緩やかです。


外的要因で簡単に破綻することがない代わりに、

 

まさかのブーストアップもしません

 


もう確変は起きない

 

 

 

 


 

 

のです。

 

しかし君たちの年代には限りない可能性があります。
ちょっとしたきっかけやめぐりあわせ、人脈ひとつで、明日から別の生活が待っているかもしれません。

 


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そんな可能性があるのです。


それはわたし自身が君たちの年の頃に体験しているのだから、間違いありません。

 

そのためにも野望を持ってください。
それが必ず君を大成功に導くとはいいません。
しかし野望のない人に大成功する日は絶対に来ないということだけはいいきれます。

 

なぜなら、

 

 

わたしが大成功していないから

 

 

 

「99%の人か?知らない」 人生を思い通りに動かす大富豪の教え
(思い通り……(((((((⊙ө⊙))))))

 

 

 

です。

 

 


わたしは

 

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にも関わらず、それをきっかけにたくさんのチャンスをもらい、そしてその波に乗りました。

 

結果、青春時代にあこがれた東京で暮らせるようになり、ワインを山のように口にできることになり、書いたものが活字にしてもらえる機会を得、世間でいうところの一流企業に籍を置かせてもらい、そしてたくさんの友人が出来ました。
だからわたしの人生は幸せです。

 

しかし、お金持ちではありません

そのことを「どうしてだろう?」と考えたとき、思い至ったのです。

 

わたしには野望がありませんでした

 

 

 

 

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表の顔として企業の一員として生きてきましたが、やりたいことだけをやってきました。
ときに異動を拒否し、昇進を断りました。
わたしがほしかったのはお金でもなければ名誉でもなく、好きなことをし続けたい、好きな人たちと過ごしていたい、共感できる人たちとともに喜べることをしていたい。
それだけでした。

今になって思うのは、それらのすべて希望であり、野望ではありません。


希望とは自身の求めるもの。
そのリターンに自力以上のものはありえません。

 

 

 


 

 

一方、野望とは自分の目指すステータスにたどり着くための明確な戦略の素になるものです。
そしてその実現のために味わう、我慢の時期や修行の苦しさを耐え抜くための必要不可欠な栄養素でもあります。
苦しみやつらさも、もし何年後にどうなっていたいという明確なゴールがあれば、よほど理不尽なハラスメントのようなものと出会わない限り、乗り越えていける試練なのです。

 

希望は叶えれば日々満足です。
野望は苦しい時期の先にかなう、究極のゴールを目指すための信念です。

 

 

 

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噛み砕いていうと、希望を叶えるのは日々の戦闘です。
この作戦、この作戦と日々勝つたびに命はつながります。
そしてそのテンポラリーな勝利を祝う一杯のグラスで心は満たされ、そのかわりまた明日もその日勝つためだけに銃をとることになるのです。

 

 

野望は長期的展望の上に成り立つ戦略です。
局地戦ひとつくらい苦汁をなめたとしても、最終的に勝てば日々のドンパチなど問題にならないくらい大きな視点で成り立つものなのです。

今あらゆる可能性にあふれる君たちには、野望をずっと持っていてほしいと思います。

 

 


 

 

わたしたちは、君たちを応援しています。
求められれは援助もします。

実際、わたしたち世代は後輩を連れて飲みに行く機会も増えました。
そのトリガーは後輩からのこんな誘いだったりすることが多々あります。


「ちょっと聞いてほしい話があるんすよ。飲みいきませんかーーーー!?」

 

わたしは喜んで応え、そして二人飲みであればご馳走します。

そういうことが重なると、彼ら彼女らはありがたいことに、こういってくれるときがあります。


「今日はごちそうさせてください!」

 

そんなときわたしはいいます。


君たちにもいつか後輩ができ、

 

そしてその後輩が悩みや愚痴、相談事をかかえてお前のところに来る日がきっと来るよ、

 

と。

 


わたしにごちそうするくらいなら、そのお金をいつか来るその日に後輩のためにつかってやれよ、と。

 

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わたしも若い日々、先輩においしいワインを飲みにつれてもらい、そのうえで愚痴り、そしてごちそうになりました。
そしてそれがあったから、わたしは今もやっていけてるのです。

 

幸いわたしの年若き友人たちは、そんなわたしの言葉に微笑んで「ごちそうさまです!」と答えてくれます。

 

 


 

 

ムルソー事変のそもそもの口火を切った、ソムリエ志望の若者は、

tokeiyawine.hatenablog.com

(忘れてそうだからもう一回リンクしとくな!)

 

君の合格を応援してくれる先輩に、そしてもしその試験に受かったらさらにこの世界での成功をサポートしてくれる先輩に一方的に噛みついたことの重みに気付いているかもしれませんし、いないかもしれません。

 

 


 

 

しかしこの狭く奥深い世界に本当に君が足を踏み入れたとしたら、わたしたちと出会わずに仕事をしていくことはできないでしょう。
そしてそのときに気付けばいいのです。


血気盛んな若き日の自分の姿に。


そして忘れないでください

 

 

 

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今の君が血潮のたぎるあまり手当たり次第に吠えているその姿を、わたしたちが頼もしく思っていることを。
いつか君が自身の進んできた道程を振り返れば、今日の君とおなじようなぎらついた瞳の若者がその道を追いかけていることを。

 

 


 

 

デセール~未来への祝辞
 

いつか今君の見ている未来が、現在になったとき。
君が幸せでいることを祈ります。
未来の幸せを、わたしたちみんなが祈っているのです。

野望なきわたしが手に入れることのできなかった未来を手にしたのは君かもしれないのです。


おめでとう。
心から。
君の幸せを願ってやみません。

わたしは、この世代を代表して未来におめでとうという言葉をささげます。

 

 

 

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未来におめでとう
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ブテイ・フール~業務連絡

 あの頃のテキストサイトのためにためて画像を入れるバージョンと、今だからできるアフィリエイトリンクが融合したら、こんな感じになりました。

 

カフェ~セルフレビュー

書き始めた当初は、完璧にこの再現を目指していたのですが、いざところどころに画像を入れるとなると、あのころとは違っていろいろと気になることが多く、いっそそれなら当時はなかったアフィリエイトを思いっきり使ってみようという話になりました。

 

アィリエイトに関しては、「トケイヤ」をこの場所に移したときに導入してみて、商品名をネタ本文に合わせて書き換えると面白いなと思っていたのですが、それを全編に散らばしてみると、なんだかドラマの副音声でやっている、役者さんたちのコメンタリのようになりました。

 

テンション高いといわれ続けていたトケイヤのコンテンツですが、もともと自分にはいつも冷めた視点があったので、こういう作りにはむいているんです。実は。

 

本人としては、20世紀末のネット黎明期と、21世紀になり平成も最後の年を迎えたある程度の成熟をはたした発展期との融合した感じがわりと気に入ってます。

 

唯一の不安は、あの頃このサイトを愛読してくれた皆さんが読むと、往年の名曲にありがちな「昔の歌い方で歌ってほしかった」みたいなセルフカバーになってないかどうかという点くらいです。

 

 

 

 


さとう宗幸 青葉城恋唄 あなたの歌謡リクエスト

 

  

最後に動画リンクいれるんかーーーーーーい!!
 

 

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未来への祝辞~ムルソー事変、その後(ORIGINAL VERSION)

アミューズ

時の流れは速く、そして誰にも止められるものではない。
わたしたちの記憶に深く刻み込まれたあのムルソー事変は、もはや遠い昔のできごとだ。

 

オードヴル

いつの時代もどんな場所でも、いつもなにかが起きている。
たとえばわたしがワインを飲んでいるその瞬間に、世界のどこかでは間違いなく新たな生命が誕生している。
あなたがムルソーのグラスを傾けた瞬間に、どこかで生ハムがスライスされているかもしれないし、お好み焼きがひっくり返されているかもしれない。

 

そしてもし、あなたがそのグラスをおかわりしなければ、あの戦争は起きなかったかもしれないのだ。
学術的にはそれをムルソー効果という。

 

違う。バタフライ効果だ。
つまり世界のどこかでムルソーのグラスがおかわりされる。
もとい蝶が羽ばたく、すると桶屋が儲かるわけだ。

 


ポワッソン~ムルソー事変、その後

 

さて、本題です。

 

ムルソー事変についてはWinekipediaに詳細がまとめられているので、そちらを見ていただくとして、あのできごとをあらためて振り返ってみると、結論としては世代間のギャップということにつきると思うのです。

 

ワインブームとやらはすっかり落ち着き、日本は猫も杓子もワインワインと騒ぎ立てる市場ではなくなりました。
しかし過ぎ去ったブームなのではなく、騒がなくてよくなったということなのです。
日本人のライフスタイルにワインが定着したため、ワインを飲む姿をあえて取り上げる必要がなくなったのだと思います。

 

事変による被災者はわたしたちの世代すべてです。

そしてそれはその世代にとって感慨深い事実でもありました。

なぜならその世代は、どうすれば日本の家庭で日常的にワインを楽しんでもらえるようになるか、常に考え、行動し、頭をフル回転させ、ときにはみずから陣頭に立ってきた世代だからです。

その世代がワインのために駆けずり回っていた頃から比べると、本当にワインは日本人の生活に根付きました。

 

あの頃ワインというとフランス料理店に行ったときに、どうしても飲まないわけにいかなくて、ソムリエさんにワインを勧められると緊張しまくったものです。
いや、むしろソムリエさんが怖かった。
「ワインはいかがなさいますか」という科白をどうやって乗り越えるかが、フランス料理店から生還するための最大の難関、ラスボスだったといえるかもしれません。

 

それが今ではどうでしょう。
特にワイン愛好家というわけではなくても、月に一度か二度、ワインを口にする機会がありませんか。
自宅近くのコンビニ、昨日同僚と飲みに行った居酒屋、先週末の友人宅でのホームパーティ。
どこにでもワインの存在がありませんか。

これが今の日本の飲酒事情で、そしてその状況が確立されたのは、わずかここ二十年の話なのです。

 

きっかけは、日本人ソムリエの世界ソムリエコンクール優勝という偉業です。
その偉業は次世代のワイン業をになう者たちに大きな勇気を与えました。

しかし世界一のソムリエが日本から誕生したとしても、多くの人たちがワインの普及に努めなければ、わずか二十年でこれほどまでに日本人の食卓に変化は訪れなかったとわたしは思います。


一人の行動、活動にはその範囲に物理的な限界があります。

もちろん偉大なソムリエの理想は、いつか必ず日本人のワインに対する恐怖心や警戒心を取り除き、そしてワインに親しむ姿を実現したでしょう。
しかしその普及に努めるものが物理的に一人の人間であったとしたら、一年、二年という期間で、その結果を出せる範囲は限られたと思うのです。
この日本市場の状況はいずれ生まれたとしても、それは十数年後だったのではないでしょうか。

 

その期間を飛躍的に短縮したのは、伝道師たるものたちの存在です。
理念を掲げることは一人にしかできなくとも、その理念に共感することは誰にでもできます。
そしてその中から、その理念を広めようとするものが出たとき、伝播という現象がうまれるのです。

 

ヴィアンド~ムルソー事変、その後

 

キリストには弟子がいました。
エドガー・アラン・ポーには後継者がいました。
だからキリスト教は広まり、推理小説は書き継がれているのです。

 

後世においてムルソー事変と呼ばれるひとつのできごとの口火を切ったのは、わたしか推測するに、今からソムリエ試験を受けようとしている若きワイン愛好者、若きソムリエだと思います。
そしてそれを受けて立つ立場になってしまったのは、先輩世代に当たる側でした。

その構図はまるで、夜の校舎の窓のガラスを壊して回る彼らと対峙する学園ドラマの教師の姿のようにも見えました。

 

「おとなになにがわかる!」

君はそう叫ぶかもしれません。
しかしその叫びはかつてわたしたちが声を張り上げたものとおなじです。

 

なんといってもわたしたちは新人類と呼ばれた世代ですよ。
先達からわからないといわれることは体験しています。
理解できないと十把ひとからげにメディアに取り上げられたのですから。
逆に君がわたしたちの心のうちを察することができないのは経験の不足によるものです。
わたしたちが君にとって価値観を異にする存在だなんてことはありえません。
もし君がワインの世界にその足を踏み入れようとしているのなら、その時点で君はもう仲間です。

 

ただわたしたちは君よりもたくさんの経験をしてきた中で、君がいま一番大切にしている価値観を最終的な武器には選ばなかった。

 

ただそれだけのことなのです。
その武器を知らないわけではない、威力も効果もわかっています。
今それを手にしていない理由は、それが「きのぼう」だからです。
君がいまスライムをボコってるその武器は次の町を出る頃には役に立たなくなっています。
わたしたちは先にそれを経験しました。

 

そんなわたしたちの世代もすでに長くワインというものに触れ、そしてそれを趣味嗜好の範囲を超えて取り扱ってきました。
そういう意味では、ワインに対するスタンスにゆとりがあります。
なぜなら、ワインというものがすでに自身の中で消化できていて、理想だけで突っ走ることもなく、しかし理想だけを追い求めた経験があるから、その世代の体内で燃え盛るワインだけをターゲットにした炎の温度を知り尽くしているからです。

 

いま冒険の旅に出たばかりの君からすると、わたしたちの世代はそれぞれの「しょくぎょう」につきそれぞれの「ぶき」を持つマップの中の個々のキャラクターでしょう。
しかし、たとえば今現在わたしが「まほうつかい」で、彼女が「おどりこ」であったとしても、わたしたちの誰もがかつてはみな、「ゆうしゃ」だったのです。
ただ次の町へ、さらに次の町へと進み、パーティが大きくなるごとに、自分とおなじ職業のより凄い存在を知りました。
その中でそれぞれがみずからを一番活かせる道を模索し、そして選び、職業やステータスを活かす武器を手にし、そして個々の技を磨くことになったのです。
しかし、今現在まさに勇者たる君の瞳には、わたしがHP不足の魔法使いに見えたり、彼女がパワーの足りない踊り子に見えたりするかもしれません。

 

わたしは思います。
君たちがもしわたしたちにライバル心を燃やしているのだとしても、わたしたちはそれを見守ります。
なぜならば君たちの世代の自尊心は、尊重すべきものだからです。
わたしたちの年代になると、社会的な立場や業界的な立ち位置や、家族のステータスはそれぞれ確立されています。
これはゆるぎないもので、その変化は緩やかです。
外的要因で簡単に破綻することがない代わりに、まさかのブーストアップもしません。
もう確変は起きないのです。

 

しかし君たちの年代には限りない可能性があります。
ちょっとしたきっかけやめぐりあわせ、人脈ひとつで、明日から別の生活が待っているかもしれません。
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それはわたし自身が君たちの年の頃に体験しているのだから、間違いありません。

 

そのためにも野望を持ってください。
それが必ず君を大成功に導くとはいいません。
しかし野望のない人に大成功する日は絶対に来ないということだけはいいきれます。

 

なぜなら、わたしが大成功していないからです。
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だからわたしの人生は幸せです。

 

しかし、お金持ちではありません。

そのことを「どうしてだろう?」と考えたとき、思い至ったのです。

 

わたしには野望がありませんでした。

表の顔として企業の一員として生きてきましたが、やりたいことだけをやってきました。
ときに異動を拒否し、昇進を断りました。
わたしがほしかったのはお金でもなければ名誉でもなく、好きなことをし続けたい、好きな人たちと過ごしていたい、共感できる人たちとともに喜べることをしていたい。
それだけでした。

今になって思うのは、それらのすべて希望であり、野望ではありません。


希望とは自身の求めるもの。
そのリターンに自力以上のものはありえません。

一方、野望とは自分の目指すステータスにたどり着くための明確な戦略の素になるものです。
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わたしたちは、君たちを応援しています。
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そんなときわたしはいいます。
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わたしも若い日々、先輩においしいワインを飲みにつれてもらい、そのうえで愚痴り、そしてごちそうになりました。
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テキストサイト時代を生き抜いた皆様はこちらもどうぞ。

それ以外の方はこちら

 

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1999年6月。そして時は流れ。

とりあえずこのサイトが一体何なのかを説明しておかないと、という気がしてきました。

自身、整理しておきたいというのもあります。

 

tokeiyawine.hatenablog.com

 

 

ここにあるとおり、1999年。


突然、自身の好きなものを当時でいうところのホームぺージにしようと思い立って作ったものです。
当時はブログもなく、ましてやSNSなどありもせず。
いわゆるテキストサイトとか、日記が百花繚乱咲き乱れていました。

 

ワインという題材を選び、特殊なスタイルだったことで注目していただけたのか、雑誌でおすすめサイトみたいな紹介をいただくことも度々でした。
(ネットで見るページを紙媒体で探していたというのが、ネットの黎明期、メディア主力の移行期だったというあの頃を懐かしく思い出させてくれます)

 

真面目な内容のワインのページを作っていた皆さんには申し訳ないながらも「知識系サイト」にくくられたりしたこともありましたが、何のことはないネタ系サイトでした。


個人的には「侍魂」さんとか「GENのホームページ」さん(というそんなタイトルだったかと思うのですが“もじゃペー”ネタがツボに入ったネタサイト)だったり、野球好きなこともあってしろはたさんの「プロ野球景気の悪い話」の選手名鑑とか「外スラ」さんとか、そういうサイトにライバル心を燃やしてました。

 

ライバルといっても張り合うのでもなんでもなく、そうなりたいという目標のようなものであって「ホームページ」に設置した「掲示板」上では交流もありましたし、それぞれの取り上げた題材を超越して皆さんとお互いに相互リンクしあったものです。

 

(芸風的にサイトとして単体で完成していて他との交流が不要なスタイルだったため“ライバル”ではなかったけど「山田三郎」とか「YAHOQ!」とか死ぬほど好きでした。どっちもオチもカラクリもわかってるのに何度もアクセスして、そのたびに笑ってました。それにしてもYAHOQ!さんなんて今じゃ怖くてできませんよね。まあ、このあたりからも当時の嗜好が伝わるかと思います)

 

今となっては信じられませんが、そもそも発信する側の「ホームページ」──今でいうブログやFBページ──の数もたかが知れてましたし、ましてやそこにワインというフィルタがかかるとライバルなんてものもほとんど見当たらず(少しあとの世代になるかと思いますが、ワインの面白いラベルに特化した比較的方向性の似たサイトを運営してるかたはいらっしゃいました。ただしトケイヤのような毒はなくテイストはだいぶ違います)、気が付くと当時の流行で設置していたアクセスカウンタは、半年もたたないうちに10万を超えていたような記憶があります。

キリ番ゲット! とか懐かしいですね)

 

ワインを題材にしたサイトだけではなく、あんなにたくさんのアクセスを積み上げたテキスト系サイトの皆さんも、今ではほとんど残っていません。
その理由は管理者の人生のステータスや生活の環境が変わったこともあるでしょうし、そもそもブログからSNSとツールが変わっていく中での、自然消滅的なものであったりとさまざまだったと思います。
(ツールが手軽になっていくのにあわせて、逆に老舗が消えていくという現象はなんとも考えさせられるものがあります)


本当の勝者はそこからwebライターという、新しい職業を生み出した方たちでしょう。

でもそれは勝ち負けではなく、そもそもあの頃自分は、これが職業になったり、お金になったりすると思ってもいなかったし、多くの方はそうだったと思っています。
ただシンプルに表現したかっただけなんだと思います。


なにしろそれまでは文筆家として自分の本を出すとか、編集部に入ってライターとして書くとか、そんな方法しか表現の場はなく、その席数はごく限られていたわけです。
そこに誰にでも自分の書いたものを、あわよくば何十万人に見てもらえる舞台が突然用意されたわけです。

 

ただ表現したい熱意に溢れていた我々はその熱病に罹患しました。
自分のそれは「時計屋」だけにとどまらず、イギリスだの80年代の洋楽だのいろんなところに広がりました。
(実はそのどちらも今でもネット上に生存しています)

 

tokeiyawine.blog60.fc2.com

 

80swave.hatenablog.com

 

トケイヤはたまたまテーマと形態がクロスしたときほかに同型のサイトのない内容でやっていたので、思った以上に反響をいただくことが出来ました。
それでなんとなくネタがもったいないなあという理由で、細々と保存していたファイルをコツコツと移植してブログという形で残してきました。
愛着もありましたし。

 

あらためてはてなブログで自分のページを見てみると、「owarai_wine_tokeiya_21st.mirror」って、なんでこんな長いタイトルなんだろうと自分でも思いました。

 

で、思い出したんですけど、そういえばその前にはじめてブログ化したものがありまして。

 

そのときは「owarai_wine_tokeiya_RETURNS」だったんですよ。
それをさらにバックアップとして作ったのが今あるブログです。

 

自分がネットを始めたころ、サーバが落ちたときのためとかに、慎重な人は同じ内容のサイトをもうひとつ作って「ミラーサイト」って呼んでたんですよね。
多分プロの間では当然の保険だったんでしょうけど、プロバイダと複数契約する余裕もないシロウトにはチョーかっこよく見えたんで、無料でブログが使えるこのご時世、「RETURNS」作ったときに、しばらくしてやってみたんですね。
多分そんな程度の動機です。

 

それがいつの間にか、「ミラー」だけが残って記事の保管庫になってたわけです。
事実二年も新規投稿してなかったわけで、単なるアーカイヴのつもりでした。

 

時は流れ2018年になり、「平成」は最後の年になりましたし、「トケイヤ」は来年20周年を迎えることになっていました。
どんな形であれ残しておいたからこその20周年です。

 

実際に今でも継続的に更新されているかたはもちろん、たとえペースが落ちてもあの頃から断続的にサイトを続けて運営している管理者さんたちには合わす顔もないのですが、それでもいつしか消えていったサイトたちのことを考えても、形、レベルはどうあれせっかく20周年まで残ったんだから、トケイヤとして何かしたいなと思うようになっていたという今日この頃です。

 

そんなときちょっとしたきっかけがあり、Twitter、そしてこのFacebookというツールを使って、とりあえず20周年の日を迎えるまでできることはしてみようと思ったのです。

……まあいろいろあるんですけど、せっかくネタ残しておいたんでもったいないしねw

 

きっかけになったできごとについて最初はも堅苦しく書きましたが、当時の自分の感覚で表現させてもらえたらあれは「祭り」ですよ、まつり。
わっしょーい!

 

ただそういうこともいつしかあからさまにはいいにくい時代になってます。
なので控えめです。

 

この先ゆとりがあれば、20周年の日を迎えるまで限定でブログにもそういう同窓会的な場所を作ろうかなと思ったり、なんかいろいろ考えたりしてますが、こういうアイディアがわいてくる感覚も久しぶりです。楽しいです。


もしそんなものができあがったら当時の皆さんは遠慮なくからんでください。
もう誰も覚えてないかもしれませんが「bar泥酔い」の常連さんとか。

 

 

後進の皆さんも、そんな時代があったんだなぁという、山岡荘八先生の物語を読むような感覚で覗いてみてください。

 

あらためまして20周年に向けて、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

ムルソー事変(Winekipediaより転載)

ムルソー事変

 

ムルソー事変(むるそーじへん、異体表記: ミュルソー事變)とは2018年(平成30年)9月にTwitterへの投稿を発端に、2ちゃんねるからツイッタランドへと波及したとあるできごとである。ワインの資格取得に関する一石を投じたものとして、ネット民の間には教訓を残し、平成最後の祭りとして今なお語り継がれる伝説の一つである。

ムルソー事件」「ムルソーの乱」という表記も散見されるが、事態の本質として「事変」の表記が適当とされる(後述)。特に乱という表現については「そもそもムルソーは何にもしていない」という史学者の見解が一般的にも定着しており現在ではほぼ使用されることはない[要出典]

後日、owarai_wine_tokeiya_21st._mirror(おわらいわいん・とけいや・とぅえんてぃふぁーすと・みらー、旧名・異名:時計屋ワイン店→お笑いわいん時計屋→owarai_wine_tokeiya_RETURNS)により詳細に考察されたことで、ワイン界のサブカル史に残るできごととなった。

 

 

 

発端

2018年9月5日のツイート

ことの発端は2018年9月5日のあるワインスクール校長(以下Kと表記)のツイートに始まる。


にちゃんのソムリエ試験スレに「ムルソー飲んでみたい」って書いてあった。ムルソー飲んだことないひとが受験する時代なんだな。

 

元来140文字という制限の中で発信するTwitterのツイートの中でも短めの60文字程度のつぶやきであった。ツイート自体は「リツイート11件、いいね21件(2018年9月6日現在)」というツイッタランドでは小ヒットな位置づけであり、内容的にもつぶやきの意図は日本にワイン文化を定着させることになったワインブーム期をリアルタイムに過ごした投稿者の、近年のソムリエ試験に対する率直な感想であったといえる。

 

2ちゃんねるにおけるソムリエ試験

一方2ちゃんねるではかねてより日本ソムリエ協会認定のソムリエ資格試験に対するスレッドが作成されており、事変の起きた2018年9月時点においては「20限目」と題されたスレッドが立ちあげられていた。


ムルソー事変

2ちゃんねる上の発言

2ちゃんねる「ソムリエ、WE認定試験 20限目」において、以下の投稿がされたのは「2018/09/06(木) 00:46:36.58」である。

 

今、ツイッターで#ソムリエ試験を見てたら
2ちゃんでムルソーを飲んでみたい。って書いてあって、ムルソー飲んだことない人が受験する時代なんだな。って書いてた女がいた。

確かに見た時、ムルソー飲んだことないんだ。って思ったけどSNSにわざわざ書く必要あるの?
別に飲んだことなくても良くない?
これからいくらでも飲む機会あるよ。 (以下略)

 

 

Kのツイートから1日置かずにこういう話題が2ちゃんねるに出るあたり、すでにワインブームが過ぎたといわれて久しいが、それは過ぎたのではなく、ワインという文化が定着したのだという見方もある投稿であった。
またこの投稿はKのツイートを批判するように読める入り方をしているが、その後半には発言に共感する記述も見られ、あくまで反論を唱えつつも中立的な意見であったと思われる。

しかしその投稿の一時間後に、次の投稿がされる。

 

あー×××(※原文表記を伏せる)の校長ねー,まあ知らんけど。しょうがないじゃんねー、中国人のおかげでワインクソ高くなっちゃったんだし。昔は安かったんだもんねえ。ムルソー飲んだこと無いのがとか言われたって困るわな。
スクールに来る人の神経逆撫でしてどうするんだろうね。明日には慌てて削除すんのかな?オイラはここのみんなのおかげでスクールには通わずに一次は突破したけど、二次どうしようかな~スクール行く暇なんかないし。

 

この投稿においては最初の投稿のツイートに対するKへの共感部分はそぎ落とされ、より明確に反論がなされている。そのためこれが実質的なムルソー事変の始まりであったとする説が現在も有力である。

さらに続けて以下のような投稿があったことから、このできごとはあくまで主義主張の異なる二派によるよくある論争のひとつであり、紛争ではないと見られている。

 

いや、ムルソー飲んだことないソムリエとか私は嫌だよ。信用できない。
エキスパートだとしても、フランスの銘醸地くらいは飲んどこうよって思うし…。
サントーバンとかならまだわかるけど、ムルソー飲んだことないは、ないな。

 

そのため当件は事件ではなく、事変と称されるようになった。

以降もKの目線が上からだという主旨の発言がある一方、以下のように受験生の幅の広がりを指摘する意見もあり、それぞれの主張が交錯していくことになる。

 

ムルソーの件、受験する人の層が広がったんだなぁ、って意味でしょ。どう考えても。
想像力、読解力がなさ過ぎて呆れるしか無いね。

 

経験値のあるプロの立場からはワインに携わる専門職および志願者の多様化を物語るできごとであり、ネットワイン界においてはワインブームの始まった平成の最後を彩る祭りであったとする意見が多い[要出典]

またこの時点ではKは事変に直接的な関与をしていない。

 

イッタランドとの交錯

2ちゃんねる上での祭りは翌9月6日の夜間にはほぼ終息する。その話題はワインスクールに関する別のものへと流れていった。
しかしそれと並行して、Twitter上では別の動きが起きていた。

Kの投稿に対して、時系列的に2ちゃんねるの書き込みに端を発したと思われる批判的な返信がおこなわれるようになる。ワインスクール校長による受験志望者に対するマウンティング行為というものが批判派の見解としては象徴的なものであった。

だが同時にKのツイートの主旨を理解した内容の返信(擁護派)もおこなわれた。またKはあくまで批判的な投稿には誠意をもって答え、擁護派に対しては謝意を述べるといった対応をしている。そのような対応を目にした投稿者の中にはKに対して「そのセーブ力」を称賛するものもあった。

 

ムルソーとは

ムルソー事変」の呼称ともなったムルソー(Meursault)は、フランスのワイン法上における原産地呼称のひとつである。ワイン大国フランスの中でもボルドー地方と並び二大銘醸地と称されるブルゴーニュ地方、コート・ド・ボーヌ地区に位置する村であり、白赤のワインを生む。赤ワインも産するが特に白ワインの人気が高い。
同地区にはシャサーニュ・モンラッシェ、ピュリニー・モンラッシェ、コルトンなどの銘醸地が存在しているが、そのいずれもがワイン法上の特級畑(グラン・クリュ)を擁している。しかしそれらに並び称されるムルソーには一級畑は存在するが、最高位となる特級畑はない。それにも関わらず、その各村と並ぶほどの人気と知名度があるところが特徴である。また日本ではブルゴーニュを代表する白ワインとして知られている。

そもそもムルソーとはどんな立ち位置だったのか。前述のとおり、シャサーニュ、ピュリニーと比較すると、特級畑がないという時点で後塵を拝しているという見方もあるが、この地にはスター生産者が存在している。先鋒としてはコント・ラフォン、その後コシュ・デュリだ。彼らのワインはピュリニーの凡庸なワインをはるかにしのぐ市場価格で取引されている。そのためワイン生産地としてのステータスは低くないどころか、むしろ高い。
そして伝統的なムルソーの特徴である樽熟成は、この地のワインに特筆すべき個性を与えた。それはシャブリのステンレスタンクによる熟成とは両極端の個性であった。
シャサーニュ、ピュリニーのワインも樽熟成という個性を持っているが、ムルソーには特級畑がないというのを逆に生かす利点があった。つまり一部のスター・ドメーヌのワインは価格的にも最上級のブルゴーニュ白ワインだが、平均的な生産者やネゴシアンの手によるものを選べば、決して手の届かない価格帯のワインではなかったという点である。2018年現在では信じられないかもしれないが、ワインブーム当時のイメージとしてはピンのムルソーは1万2千円するが、キリなら2980円でもいけたといっても過言ではない。
そこでその両極端な個性と相まって、シャルドネというブドウ品種の作り方による比較対象としてシャブリの相手に選ばれる地位を確立したのだ。
ピュリニー、シャサーニュも樽熟成のシャルドネという個性は同様だが、やや割高であった。

さらにムルソーにはあとひとつ親しみやすかった大きな理由があった。それが名前の短さである。
シャブリ:ムルソー。この対比が日本人にとって、シャブリ:ピュリニー・モンラッシェより親しみやすかったというのは、あながち風説とはいいきれないだろう。シャサーニュ・モンラッシェに至ってはワインブームがはるか昔に通り過ぎた21世紀にあっても、いまだに専門店の商品名にサシャーニュ・モンラッシェとという表記が散見されるくらいなのでいうまでもない。語学者によって日本の言語学史上、フランス語に対するなじみの薄さ、接触してからの歴史の浅さにより、発音になれていない国民にとっては短い文字列が好まれる特性があることが挙げられている[要出典]

 

ムルソーの悲劇

前項で述べた通り、ムルソーはかつて樽熟成をしたシャルドネの代表として名をはせた。前述のとおりその理由のひとつに価格というものがあった。
しかし日本におけるワインの需要が一過性のブームを通り越し、文化としての定着を迎えるにあたり、大きなライバルが立ちはだかる。チリワインを代表としたニューワールドワインである。温暖で安定した気候のもと生産されるシャルドネは果実の時点で十分な糖度を蓄え、低価格帯のワインに使われるブドウであっても樽のフレーバーを受け止めるボディを有していた。
そのためソムリエ資格試験の受験対策として「樽のきいたシャルドネ」を何度も体験したいという受験生たちは、より安価で求める味わいを体験できるこれらのワインを入手するようになり、受験生市場におけるムルソーは影を潜めていったのだ。またKもツイートの中で言及するように近年の市場におけるワイン価格の上昇もその傾向に拍車をかけている。同じ時代に資格試験を受験したもの、ワイン業界に携わったものはおおむね同様の見識を持ったようである。


発端となった投稿の真意


直前の投稿を見るとわかるのだが、発端となった投稿の前日にはソムリエ資格認定の一次試験の結果が発表されており、Kのもとには生徒たちの合格の一報が続々と届いていた。そんな中Kがソムリエ資格認定試験について検索をした結果、たまたま2ちゃんねるの「ムルソーを飲んだことがない」という主旨の受験者(または受験志望者)の投稿を目にし、発端となった投稿をしたと思われる。

実際前述のようにかつてムルソーは、樽を利かせたシャルドネの味を体験するのには最高の教材であった。それは以下の投稿でKも述べるとおりである。

 

うわ、そうでしたか!

昔は(大昔?)
樽のシャルドネ=ムルソー
ステンレスのシャルドネ=シャブリ

で勉強してたのが、新世界のワインが増えてバラエティ豊かになって、そういう時代なんだなぁと(後略)

 

 

当時の教材としての価格がいかほどかは不明だが、投稿の動機は3980円くらいのムルソーがもっとあちこちで購入できた、もしくは販売できた記憶にあったと推測され、現在ではこの投稿は他意のない懐古ネタ投稿として認識されている。

 

来歴にもとづくKの対応

Kは当件においていわゆる炎上した存在であった。しかしネットにおける経験値は今回2ちゃんねるで論争を繰り広げた面々よりはるかに高かったことがわかっている。ワインというある意味で閉鎖的な世界のアイテムがインターネットという開かれたステージに立ったとき、その先陣を切ったいくつかのサイト(テキストサイト:当時はホームページ、HPと称された[要出典])のひとつはKの手によるものであったとされる。それは後述する終息に向けての動きの中で垣間見られるKの対応スキルの中に顕著である(SNSのなかった当時は各サイトに掲示板、BBSと呼ばれる交流ツールが設けられ、そこにおいても同様の論争がままあったことが歴史的な調査結果として報告されている[要出典])。炎上時の鎮火スキルが経験に基づいて構築されるものであることは、多くの有識者が報告している[要出典]

またKを擁護する返信者の中には、ネットにおけるワインサイト黎明期からのベテラン運営者の名前も見受けられた。

一方論争の相手となったものたちはこれから認定試験を受験するという立場から推測して、個人サイトからブログ、SNSへと情報発信の主流が移行して以降の世代であったと推定される。

 

価値観の世代間格差

現在では「ムルソー事変」とは、ワイン資格試験における価値観の世代間格差を浮き彫りにしたできごとであったと認識されている。すなわち、キリのムルソーが2980円[要出典]だった時代の既資格取得者と、ムルソーがキリでも7980円からスタートする新規受験志望者との間に生まれた時代における通貨価値に対する感覚の違いに起因する論争であるという見解である。
また世代間における意見のずれが生じた最大の要因として、2018年現在樽のきいたシャルドネのサンプルとしてムルソーより低価格帯のワインが、日本市場で簡単に見つかるようになっていることがあげられる。

 

事変の終息と与えた影響


事変の終息

Kの発言が、自身の受験当時の樽熟成サンプルの代表がムルソーであり、そのかつての市場価格が2018年現在の相場より安価であったという記憶に基づくものであるという見解が大勢を占めることになる。同様の認識を持つ多くのアカウントが、発端となったツイートに共感をもって返信した。そのことによりKに批判的であった2ちゃんねる住民と、擁護者が多かったツイッタランドの住民はおなじネット上に棲息していても決してイコールではないということが浮き彫りになった(ネット民棲み分けの定理)。
実際には2ちゃんねるを飛び出してツイートに反応したコメントもごく一部を除きおおむね好戦的なものではなく、発信者の立場を理解したうえでの訓戒的なものであったことが、現在ではわかっている。それは両界をつなぐ存在があることの証明であるとされ、またその立ち位置や価値観を証明をした貴重な発言として記録されている(二重生活者[ex:FR]の項を参照)。
またKにおいてはみずから2ちゃんねる出身の批判派に対して、積極的な行動には出ていない。その行動は、あくまで自身のツイッタランドに投稿される意見に対しての対応にとどまった。

Kは擁護派の投稿に頼るだけではなく、経験値をもとに正確な状況をいち早く認識し、批判派に対して個別に真摯な返信をしたうえで、反論ツイートに関してはその内容をリツイートすることで事態の経緯を明確に世間に伝えるといった、公共メディアさながらの対応を取る。これは一部の同世代からはネット上における経験から自然と習得したノウハウに準じた模範的対応と評されている。中にはその高いセーブ力をヘルナンデスくんにたとえる例もあった(なおこの際本人は若林くんだと述べている)。

その後時間を置かず事態は鎮静化し、2018年9月9日時点においては、ほぼ過去のできごととなっている。

 

与えた影響

事変発生後、ツイッタランド上で数件のムルソー購入者による投稿が確認されている。ムルソー事変により、ムルソーの名を目にした一部の世代が懐古的にとった行動(学術的には集団懐古行動[要出典])といわれている。

同時に以上の事実から、ムルソーの流通にこの事変が貢献したという点を評価する声がある。
また結果的には樽のきいたシャルドネを体験するための選択肢がムルソーだけではなくなっているという日本のワイン市場の現状があらためて認識され、Kら20世紀末から始まったワインブーム(別名ワインバブル)を経験した世代が普及活動に努めたその裾野の広がりを再確認する効果をもたらした。


2018年9月のおもな出来事

ムルソー事変の勃発した2018年9月は、台風上陸、地震といった自然災害に見舞われるなど、情勢の不安定な月でもあった。その他のおもな出来事としては以下のような事例が挙げられる。

・9月5日 広島・新井貴浩内野手が現役引退を表明。
・9月8日 テニスの4大大会終戦全米オープン大坂なおみ選手が日本選手初優勝の快挙を成し遂げる。
・9月14日 「チア☆ダン」最終回放映が「全国高等学校クイズ選手権」の放映時間帯と丸かぶりする。


ムルソー事変を描いた作品

ブログ
ルパン四世 EPISODE I「ムルソー事変~Introduction」(2018年、owarai_wine_tokeiya_21st._mirror)
・自由ケ丘の不二子ちゃん(2088年、モソキーパソチ(仮名))

 

関連項目

ムルソー
樽ドネ
日本ソムリエ協会
呼称資格認定試験
テイスティング
峰不二子
自由が丘
キャプテン翼
チア☆ダン
全国高等学校クイズ選手権

 

この項目は、食品・食文化に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしていく可能性がなくもありません。(Portal:食)。

 

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【あらすじ】 アルジェリアのアルジェに暮らす主人公ムルソーの元に、母の死を知らせる電報が、養老院から届く。母の葬式のために養老院を訪れたムルソーは、涙を流すどころか、特に感情を示さなかった。葬式の翌日、たまたま出会った旧知の女性と情事にふけるなど、普段と変わらない生活を送るが、ある日、友人レエモンのトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺してしまう。ムルソーは逮捕され、裁判にかけられることになった。裁判では、母親が死んでからの普段と変わらない行動を問題視され、人間味のかけらもない冷酷な人間であると糾弾される。裁判の最後では、殺人の動機を「太陽が眩しかったから」と述べた。死刑を宣告されたムルソーは、懺悔を促す司祭を監獄から追い出し、死刑の際に人々から罵声を浴びせられることを人生最後の希望にする。(Source:Wikipedia)
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ルパン四世 EPISODE I「ムルソー事変~Introduction」

俺の名はルパン四世。


誰もがご存知、世界を股にかける大泥棒……あのルパン三世の息子だ。
だけど俺の名はおやじほどに知られちゃいない。

 

どうしてかって?


それは俺がまだかけ出しにすぎないからさ。

 

世間ってやつはわかりやすくて、おやじが偉大であればあるほど、俺の仕事には色眼鏡をかけやがる。

 

たとえば俺がルーヴル美術館に忍び込んだときだ。


俺の仕事は完璧だった。
相棒の次元も五ェ門も文句ない仕事ぶりだった。

 

 

だがやつらはこういった。


しかもSNSを使って、だ。

 

 

──ルパンの息子大したことない。エレガントさ不足──

──偉大な父親を持った息子の苦労は解る。けどそもそも今さらルーヴルっていわれてもしらける──

 

 

考えてもみな?

 


おやじと偉大な初代ルパンとの間には、誰も知らない二世の存在がある。

 


そういうことだ。

 


世間がおやじの功績を忘れるには、まだまだ時間がかかるってこった。

 

天ぷら屋の二代目だって、蕎麦屋の二代目だってそうだろう?
引退した先代の味の記憶が生々しすぎる間は評価されない。
先代が記憶になり、伝説になったとき、はじめてその腕が評価されるんだ。

 

──お前さん、いつの間にやら腕を上げたな──

 

そのとき俺はいうだろう。

俺自身は何も変わっちゃいない。
変わったのはお前さんたちのほうさ。


長い時間をかけてお前さんたちの中でおやじの残り香が消え、その腕前が記憶という伝説になったとき、ようやく俺の腕とまともに向き合うことが出来るってわけさ。

 

だから俺は俺に対するどんな評価も気になんてしやしない。


ただ自分のできることを次元、そして五ェ門とやるだけだ。
俺が欲しいのは名誉でもなければ名声でもない。

 

 

そう、お宝だ。

 


お宝さえあれば、充実した日を送ることが出来る。

 

 

え?
おやじと印象が違う?

 

当たり前だ。
俺はおやじ……ルパン三世じゃない。
俺はその息子、ルパン四世なんだ。

 

 

だがな……。

 

 

お前さんたちのいいたいことはわかってる。

俺にはおやじと比べて足りないものがある。

そういいたいんだろ?

まあ、そうあせるなよ。


おやじにあって、俺にないもの。
お前さんたちがなにをいいたいか。

それは俺にもよくわかってる。

だからちゃんと答えてやる。

 

ライバル?


それは違う。

 

おやじの宿敵だった銭形のとっつぁん。
やつぁ今でも元気だ。


すっかり足腰にガタはきてるが、今でも現役だ。
そして困ったことに、おやじがいなくなった今、やつの獲物はこの俺様だ。

 

いや、俺にも同情してくれよ。
たしかにお前さんたちが、銭形の名を聞いて、懐かしさを覚えるのはわかる。


だけどな、こちとらぁ次元のおやっさんも五ェ門の先代も引退していまや悠々自適、俺と仕事を共にしているのはふたりの息子だぜ。

もはや代替わりしてるんだ。
そう、五ェ門は十四代目ってわけだ。

 

そんなだっていうのに。


とっつぁんはあの日のままだ。


いや、もうとっつぁんというよりじっちゃんだ。
そんな相手とまともに鬼ごっこなんざぁ出来ると思うかぁ?

 

 

待てよ……。


それが俺に対する評価が厳しい理由なのかもしれねぇなぁ。

 

結局「今のルパンはかつて世間を魅了した三世と違い、年寄相手に楽な盗みをしている」そんなとこだろう。


俺の苦労も知りゃしないで。

年寄の相手っつうのはなあ、お前さんたちが思うよりはるかに大変なんだぜ。

 

まあ、いい。
愚痴をいうのが俺の目的じゃあねえ。

 

 

今俺が話そうとしているのは、そう、2018年のできごとだ。

世界にとっては、アメリカの新しい大統領がそれまでとは違う方針を打ち出したはじめたとか、オータニさんがメジャーリーグに衝撃をもたらしたとか、朝鮮半島のきな臭さがハンパねぇだとか、そんなことが記憶に残っているかもしれねえ。

 

だが俺にはまったく違う記憶が残っている。

 

それは何年ぶり、いや、何十年ぶりの猛烈な夏がようやく終わりを告げようとしていた頃のことだ。

 

俺はいつものようにTwitterの画面を眺めていた。

 

おやじの頃とは違って、その頃にはすでにTwitterをはじめとするSNSは、情報源として活用するしかないシロモノだった。
なにしろその情報のスピードは、新聞やテレビのニュースとは桁違いだったからな。
俺たちのように、追手を出し抜く必要がある身分であればあるほど、その画面から目を離すことなんてできやしなかった。

そして次元も五ェ門も別のヤマにとりかかっていた、そんなある日──。

 


いつものように彷徨っていたツイッタランドに俺はとんでもねぇものを見たんだ。

 

 

「不二子、お前いったい何をやらかしちまったんだ」

「え? どうしたのルパン」

「こいつを見てみろよ、不二子」

女は形のいい唇をとがらせた。

「ルパン、あなたねえ、そろそろあたしのこと認めたらどうなの」

「何がいいてえ」

俺の口から出たのは強がった科白だ。


まあ、しようがないと思ってくれ。
俺にはいまだに認められないんだ。

 

「<不二子>じゃなくて」

 

そう、この女がお前さんたちの感じる違和感の正体だ。

 

世間じゃあ、おやじのことを女たらしと呼んでいた。

だがその反面、峰不二子という女に対して、恐ろしいくらい執着する姿を純愛と呼んでもいた。

 

なあ、今あんたも違和感を感じてるんだろう?
俺の語りにはここまで女の姿が出てこなかった。
女たらしの息子らしくないだろ?

 

やっと出てきたのは不二子の名前だ。

 

俺は相棒のことを次元、五ェ門と呼んだ。
次元は苗字だ。息子が同じ名前でも何の問題もねえ。
そして五ェ門のやつぁ襲名制だ。
俺がルパン四世なのとおなじように、やつも十四代石川五ェ門ってわけだ。

 

不二子──。

 

じゃあこの女は誰なんだ。


そういうこった。
誰なんだ。

 

お前さんたちの疑問以上に俺は認めたくねえ。
だけどな……。

 

「そぉろそろ」と不二子は体をくねらせて近づいてくる。

「母さん、って呼んだらどおなのぉ、ルパぁン」

 

はぁ~。

まあ、そういうわけだ。


それにしてもこの女の姿をよく見てみろよ。

おやじが恋焦がれた頃とどこが違うんだ?

唇はつやつやと輝いててるし、今でもウエストがキュッ、そして胸はボイ~~~ン。
そんな女を母さんなんて呼べるか?

 

ってことさ。

そう、世間のだれが見ても不二子は今でも女だってことだ。

そして自由が丘で優雅な暮らしをしている。

 

そんな不二子の何気ない「つぶやき」が、俺にとって忘れられない事件を巻き起こしたんだ。

それは2018年。
平成最後の夏のことだった──。

 

(続く)

tokeiyawine.hatenablog.com